あの日のあなたに、ありがとう

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 そうだ。高い崖から海に向かって飛び込もう。そうすれば死体も残らないし、かける迷惑も最小限で済むだろう。  私はそう決意すると、貯金を下ろして適当な中古車屋へ行った。きわどい崖まで行くにはやはり車が必要だろう。今までも時々運転はしていたが、乗っていた車は和樹のものだったから、急遽自分の車が必要になったという訳だ。  スズキのワゴンRという軽自動車が、手頃な価格でちょうど良さそうに思えた。車のメンテナンスは和樹にお任せだったから車のことなんて全然わからないし、第一耐久性は求めていない、どうせ片道切符なんだから。お店の人に勧められるがまま、私は即決した。  さっそくそのモスグリーンの小さい車に乗り込むと、福井県にある東尋坊を目指した。場所に特に思い入れがあるわけでもなく、ネット検索で決めただけのこと。自殺の名所、か。いいんじゃない。  スマホの地図アプリによると、ここから5時間ほどで行けるらしい。今から行けばちょうど日が暮れるころになる。私はたった一人で、最後のドライブを始めた。  何年式の車種なのか確認すらしていないが(なんか説明されたような気はするけど)、車には古いタイプのカーラジオが付いていた。なんとなくオンにしてみる。ラジオDJの軽快なおしゃべりと、ちょっと昔に流行ったような曲が流れてきた。私はどうでもいいような気持ちで、聞くとはなしに耳を傾けていた。すると、 「カナさん」と、ラジオから私の名前が呼ばれた。  私は一瞬どきっとしたが、意識半分で聞き流していたので、たまたま同じ名前だったのだろうと特に気には留めなかった。その時ラジオは曲紹介のような事をしゃべっているようだった。ところがまた、 「カナさん、カナさん」  と、今度は2度、名前が呼ばれた。ラジオの内容とは何の関係もなく、DJの声でもない。知らない女の声だ。
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