37.恩返し

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37.恩返し

真司は家に帰るとキッチンへと向かった。仕事に出た両親はまだ帰ってきていない。真司は冷蔵庫の中身を軽く見渡して、手際良く夕食の準備をする。両親が帰ってくるまでには間に合うだろう。得意だった。冷蔵庫の中の余り物で料理を作るのは。ちょっとした発想で次々に名も無き料理が出来上がる。即興で作った割には味もなかなか美味い。こんな事が恩返しになるとは思ってもいないが、今の真司が両親に出来る、唯一のお礼だった。照れ臭くて、不甲斐無い自分を認めたくなくて、言葉で表現するのは難しかったが、料理でなら表現出来た。自己満足、自意識過剰、勘違いと言われればそれまでだが、少なからず一つ一つの品に感謝の気持ちを込めて丁寧に作る事が出来た。最後の一品を作り終えようとする頃、母親の綾子が帰宅してきた。 「あらー!何かいい匂いがするかと思ったら・・・!夕御飯作ってくれたの!?有難う!助かるわー。」 母が驚きと喜びを同時に表現する。単純に嬉しかったんだと思う。今まで、心ここに在らずで死んだ様に毎日を過ごす息子を見続けてきたから。何て事の無い、こんな行動でも、ここ最近で真司が自分の意思で動く事などまず見た事が無かったから。 「どれも美味しそうねぇ!凄いじゃない!急にお腹が減ってきたわ!お父さんももうすぐ帰ってくると思うから、料理はもうテーブルに全部並べましょう。」 見え透いた、大袈裟な、必要以上の母の優しいリアクション。それでも真司は素直に嬉しかった。もしかしたら、大袈裟ではなくて本当にそう思ってくれているのか。満面の笑みを浮かべる母に真司も微笑み返す。 しばらくすると、父の拓憲も帰ってくる。 「今日はご馳走よ。真司が作ってくれたの。」 ご馳走か。ただ冷蔵庫の中の余り物で作っただけなんだが・・・。過大評価な綾子の言葉に拓憲はキッチンに立つ真司に目をやる。 「・・・そうか。楽しみだな。」 口下手な拓憲がぶっきらぼうにそれだけ言う。だが、目は優しく笑っていた。何ヶ月も死んだ魚の様な目をして生きてきた真司にはその目がとても温かく思えた。
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