37.恩返し

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久しぶりに、ほんの少しだけ和やかな夕食が出来た。ご馳走と言えるほどの料理は無いが、相変わらず綾子は何を食べても美味しいと言い張る。心なしか普段は小食の拓憲も、いつもより箸が進んでいる様に見える。唐突に真司が切り出す。 「俺、また明日から仕事探してみようと思う。」 綾子がゆっくりと箸を置く。 「・・・そうか。」 それを聞いて拓憲の口角が僅かに上がる。 「すぐに働けるかはわからないけど・・・。」 「別にすぐに働けなくても良い。俺が生きている内はな。真司、お前一人の食費分くらい俺が働いて稼ぐさ。大事なのは、そうやって、少しでも良いから前に進もうとする意思だ。じゃないと・・・お前、本当に何もかも失ってしまうぞ・・・。」 いつになく拓憲が真剣な眼差しを向ける。温かい鋭い矢が真司の心を貫く。解ってはいる。解ってはいるが、それを行動にする気力が無かった。何もかも・・・か。今の自分にまだ失う物なんて有るのだろうか。真司が軽く俯く。 「まあ、せっかく真司が作ってくれたんだし、今そんな重たい話しなくても・・・。」 綾子が場を和まそうとする。 「あぁ、解っている。嫌事を言うのはここまでにしよう。まあ、とにかくあんまり思い込まずやってみろ。それはそうと、真司、お前の味付けなかなかいけるな。」 そう言いながら再び拓憲が煮物に箸をつける。目は・・・笑っている。口角も・・・大きく上がっていた。
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