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午後五時五十分。アルバイトのゆきなが出勤して来た。ゆきなは二十一歳で大学三年生だ。童顔を絵に描いた様なその顔は、綺麗なストレートヘアが良く似合う。猫撫で声で頼み事をされれば、断るという選択肢が頭の中から一瞬で消し去られてしまう。
「おはようございまーす。」
最高の笑顔で愛嬌を振りまく。その光景に見とれているのも束の間、
「あー!遅刻するー!」
と裕子が走ってくる。おはようの挨拶と同時に、既にタイムカードに手を伸ばしている。裕子は二十歳の大学二年生だ。低い背にハスキーな声が特徴だ。真司にとってマスコット的存在であり、妹であれば間違いなく可愛がっていたであろう。
午後六時。どうやら今日はこの6人での営業らしい。
一通り準備が終わったら、最初の客が来るまでは、大抵女の子の誰かが雑談を持ち出して来る。それによって元々和んでいる職場はより和む。真司はこの束の間の時間が大好きだった。この店には全部で13人程のスタッフが居るが、皆良い奴ばかりだった。これほどメンバーに恵まれた環境は、この先どんな仕事に就いても絶対に無いと、真司は確信していた。真司は一生居酒屋をやっていくつもりは無かった。しかし、この店を今すぐ辞めたいという気にもならなかった。真司にとって、こんなに楽しい職場は初めてだった。
「いらっしゃいませ。」
ゆきなと裕子の声が響く。1組目の客が入って来る。団欒とした店の空気が一気に変わり始める。
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