1.平穏

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1.平穏

 午後四時。そろそろ太陽が沈む準備を始めようとするその頃、時計は耳障りな音を鳴り響かせる。澤田真司はベッドから出ようとせず、ダルそうに時計のアラームを止める。しばらくして、ようやく目が覚めたのか、真司は鉛の様に重い体に鞭を打つかのごとくベッドから飛び起きた。無意識にタバコへと手が伸びる。愛用のジッポを探すが見つからない。この六畳程度の狭い部屋の中で、こっそりと姿を隠すその物に、微妙に苛立ちを感じた。諦めて百円ライターに手を伸ばそうとしたその瞬間、テーブルの隅で紫と透明のツートンに色分けされたジッポを見つけた。あまり物に執着しないタイプだったが、真司はこのジッポを気に入っていた。誕生日に彼女の美紀がプレゼントしてくれた物で、値段は決して高い物では無かったが、いかにもオモチャっぽいこのデザインに心なしか愛着を持つ様になっていた。  窓の外を見ると、学生達が楽しそうに帰っている。時計は午後四時十分を示している。真司は洗面所に向かい、急いで準備をする。仕事の時間だ。
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