6 華麗なる食事

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 みどりのラッパは、ゴム膜のように下半身に密着していた。お尻の形がくっきりと浮き上がっていた。 「うううぅーーー」  お姫さまは絶叫している。ラッパは、ゆっくりと脈を打ちながら、すこしづつ彼女の体を飲み込み続けた。  2秒置きに2センチづつ、ゆっくりゆっくりラッパの内部に引きずりこまれていく。張り付くラッパの感触は、とてもヌメヌメとしていた。しかし、滑ることはなく完全に吸着されている。  王子様は、おそろしいラッパの怪物をまのあたりにして、真っ青になって、身動きすら忘れてしまっていた。はじめ、王妃のはだけた洋服のすき間に、パンティーのラインと、かわいらしいおへそが見えていたのに、もう見えなくなってしまっていた。早百合が王子に話しかける。 「私をもてあそんだ報いよ。うふふ」  とうぜん彼には何の心当たりもない。早百合の病的な被害妄想なのだ。  王妃のブラウスのボタンが、ひとつ、またひとつと見えなくなっていく。 「愛は喜びじゃない。苦しみであり、憎しみのもとよ」  ラッパのふちが、王妃のバストの下部にさしかかり、みるみる山頂に向かっていった。 「なんどもあなたのことを忘れようとしたわ。でもできなかった。あなたがこの女と接吻する光景があたまに焼きついて離れない。それが苦しく苦しくて、もう火に焼かているみたいなのよ!」  胸の山脈をのぼりつめたラッパのふちは、今度は、無慈悲にも下山をはじめた。もう喉元に迫っている。ラッパの先には、王妃の頭しか見えない。恐怖に染まる王妃の目は、見るものをおびえさせた。生きた人間のものとは思えないほどに、恐怖にゆがんでいる。 「うううううっ! うううううっ!」  声も、うつくしい女の声ではない。王子様も、目の前の少女の変貌をまのあたりにし、呆然としていた。やがて顎がかくれた。 「これは、あなたへの復讐なの。わたしをもてあそんだ仕返しよ」  やがて、目だけになった。王子は見ていられなくなって、顔を背けた。王妃の最期の目つきは、ここには書き記せないほどおそろしいものだった。やがて、おでこしかみえなくなった。おでこもみえなくなった。そして、最後に長くうつくしい髪だけが儚げに残った。しかしそれも、ズルズルとラッパの中に吸い込まれて消えた。  早百合は、顔を背けていた王子の耳元で、 「もうおわったわよ」  と優しい声でささやいた。彼は放心状態だ。愛する人をうしなった悲しさよりも、恐ろしさのほうがはるかに勝っていた。  彼はおそるおそる王妃のほうを振り向いた。そこにいたはずの人間がいない。かわりに、おそろしいラッパの怪物が横たわっている。  そのとき、彼はある異変にきづいた。ラッパが妙に大きくなっているのだ。成長している感じがある。  これは一体どういうことなのか?  飲み込んだ恋人を消化吸収して、その養分で大きくなったというのか。もう彼女の体は溶けてなくなってしまったのか? 彼はそんなことを想像して、身の毛もよだつおもいに駆られた。  ふとラッパが、彼の方向に向いた。そして、ガァーーーと大きなゲップをした。王子の顔は、生暖かい澱んだ空気に包みこまれた。ひどい匂いだった。肉の腐敗した激臭だ。だがそのなかに別の匂いが微かにまざっていた。愛する人が好んで使っていたシャンプーの香りだ。そのことに気づいた彼は、恋人を殺した張本人・早百合を恨めしくにらみつけた。しかし、そんな彼を早百合は鼻でわらった。 「いまさらそんな目でみられても、痛くも痒くもないわ」  最後に、いやみったらしくこう言い捨てた。 「さようなら」  ラッパが狂ったようにガクンと動き、天井に昇ったかと思うと、つぎの瞬間、王子の頭部めがけてダイブした。
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