キミだけを想ってる

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(8) 「こんちわー、お邪魔しまーっす」  勝手知ったる他人の家、である処の透の家を創が訪れたのは二月十四日。 そう、透が来いと命令したその日である。  それまではお互い勉強に集中するため、と殆ど連絡もすることなく、おなじ二次対策補習を受けながらも別々に家に帰ったり、図書室で自習をしたり、という生活が続いた。  そして当日も、同じ補習だったにも関わらず透は創が声をかける隙もなく、終了の合図と共に自分の家へと帰って行き、仕方なく創は一人で透の家に向かった。 「はいはーい、創くん、いらっしゃーい」  自分専用のスリッパ――というのものもある――を履き、パタパタと廊下を歩いていると、透の母親が台所から顔を出した。 「こっちにおいで、創くん。今透、準備してるから」  手招きされ、そのまま台所に入る。 「ん? 何かいい匂い」  台所に充満する、あたたかい匂い。  ご飯が炊ける匂いとは微妙に違う。 「今ねー、もち米炊いてるからね。ちょっとここで待ってて」  ダイニングテーブルに着かされ、キッチンを見ると背の高い透がピンク色のエプロンなんぞを着けて蒸し器と対峙している様子がわかった。 「もお、昨日急に“餅喰いにはじめが来るから”なんて言うから、お母さん朝からもち米買いに走っちゃったわよお」  くすくすと笑いながら、透の母は創の目の前に座り込む。  透の家では“餅はオトコの仕事”とされているらしく、透の母や姉が手を出すことは禁じられている。  という話は年末の餅つき――なんてイベントが透の家では毎年恒例である――時に聞かされていた。  故にこうしてテーブルで暢気にお茶を飲む母親というのは正しい姿なのである。 「お餅ならお正月のがまだ冷凍庫にあるわよって言ったんだけど、創くんにそんなカビが生えてるかもしれないのなんか食べさせられない、って言うし。久しぶりに創くん、うちに泊まってくって言うから、晩御飯はお母さんが一生懸命作るけど、お昼は透の好きにさせてあげようかなって」  餅つき、とは言っても臼と杵を出してつくわけではない。  それでも透が子供だった頃は庭でそういう本格的な餅つきをやっていたらしいが、ここ数年は当然餅つき機である。  しかしながら透の家の家訓であるらしい“オトコの仕事”というルールは護られているらしく、もち米を洗って蒸す処から最終的に丸めるところまで、一切女性に手出しはさせない。  透も慣れたもので、父親が不在であっても総て自分でこなす。 「よし」  どうやら蒸す段階は終了したらしく、透は小さく呟くと、蒸しあがったもち米を持って機械へと投入した。 「はじめ、部屋行くぞ」 「ええ? ここで作るんじゃないのか?」 「いいから、行くぞ」  母親も、餅に関しては透に口出しできる立場にないので、あれよあれよと連れて行かれる餅と創を笑顔で見送った。
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