白衣の天使?

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 デリヘル嬢のリナは今日の客が医院長で、その邸宅に行くということなので一般客の宅へ行く時より緊張すると共に医者の癖にどんな奴だろうと軽蔑心と好奇心の入り混じった感興にそそられながら送迎車に送られてやって来た所は、邸宅と呼ぶにはしょぼい家の門前だった。  少々肩透かしを食らったリナは、インターフォンを押していつものように男と言葉を交わし、紋切型の挨拶を交わしてから邸内へ入って行った。  男は医院長に違いないが、妻はなく家政婦すらいない独り者であった。彼は井畑正三と言ってハゲで丸顔で団子鼻でビール腹でおまけに短足と来ていて小柄、だから如何にも女にもてなさそうな風体をしている。而も歳が40を過ぎていて加齢臭がするからリナはこれが医院長?最悪とうんざりした。  招かれたベッドのある部屋やバスルームのコーディネイトもレイアウトも洗練とは程遠くセンスなくダサい感半端ないのでリナは内心、早く帰りたいと思いながらも商売柄いつものようにリピートを勝ち取ろうと本心を噯にも出さず、愛想よく振舞って我慢しながらサービスに励んだ。 「いやあ、君みたいな普通に可愛い子がこんな仕事を今時はするんだねえ。一昔前じゃ考えられなかったことだよ」 「そうですか」 「うん、大昔は花魁というのがいたがね、あれは自分の意志でやってたんじゃない。父親が家庭の経済的理由で已む無く遊郭に娘を売ってた訳で、その娘とは当人なんだからね。そういう人身売買が廃止されてからは、水商売をする女と言ったら見るからに下卑た下品なのしかいなかったもんだ。それが今や君みたいな上質な子がするようになったんだからいい時代になったものだ。しかし何で僕の若い頃は下品なのしかしなくて上品なのがしなかったのかなあ。ま、下品なのには相応しく上品なのには相応しくない下等な仕事と捉えていたんだろう。その証拠に水商売の女は売女と罵られていたからね。しかし当世は性に奔放になって価値観が変わったよね」 「そうですね」とリナは即物的だから同意し、同じく即物的な井畑はこう言った。 「だから、まあ、考えてもみたまえ、女は綺麗に生まれついたら美貌を武器に金を稼ぐのが理の当然じゃないか。僕だってリナちゃんみたいに生まれついたらデリヘル嬢をやってるよ」  じゃあ何か、私がお前みたいにハゲチビデブに生まれついたら医院長やるっつうのかとリナは反感を抱いたものの咄嗟に切り返して、「私はお金を稼ぐ為じゃなくてお客様の為に美貌を捧げてるんでございますよ」と然も実しやかに優しそうな口調で言う。 「ほう、そうかね。それは殊勝なことだね」  内心では流石に綺麗事だろうと気づいた井畑ではあったが、医学には勿論、造詣が深いのに反して人間性は浅はかだから上辺ばかりに気を取られる上、鈍い男だから機微を解せないのは素より表情から感情を読み取ることもままならないのでサービス精神旺盛で可愛くて如才ない良い子だ、この子なら使えると判断し、前々から抱いていたアイデアを持ちかけるべくリナが或るサービスをしている最中に口を切った。 「あの、実は今、リナちゃんのサービスをこうして受けながら是非ともうちで働いてもらいたいと思ってるんだがね」 「はぁ?」 「あの、患者がさあ、入院すると、溜まるだろう」 「溜まるって?」とリナは言いつつピンと来て、「ああ、ここにですか?」とあっけらかんと指差して尚もサービスを続けた。 「それを抜く仕事をして欲しいんだ」 「えー!」とリナは驚きながらも相変わらず顔に似合わないテクニシャンたるエロい手付きでサービスを続けた。 「うちは小さいながら入院患者が結構いるから仕事は絶えずある。だから稼げるし、うちに本来あってはならぬ、しかし、とっても素晴らしいサービスをしてくれる美人の看護婦がいるという噂が人伝えやSNSの口コミで広がれば、うちが繁盛して病院を大きくすることも出来、そうなれば、リナちゃんにも給料を沢山あげられる。どうだな、デリヘルじゃあ、肩身の狭い思いをすることもあるだろうが、看護婦となれば、堂々と世間を渡れられる。いい話だと思うんだが」 「でも、それって看護婦じゃないじゃないですか」 「いや、看護婦の格好をすれば、それで立派な看護婦だ」 「私が白い制服を着られるんですか?」 「そうだよ。そして正に白衣の天使となってだね、お溜まりでしょう。お苦しいでしょう、お辛いでしょうから今から私が楽にして差し上げますねとか何とか言って今みたいにサービスしてくれさえすれば良いんでね、嫌な客に脱いで見せたり触られたりしなくても良い訳だよ」 「はあ、なるほど」とリナが興味津々になって呟くと、すかさず井畑は訊いた。 「今、リナちゃんは月に幾らもらってるんだ?」 「歩合制なんで安定しなくて・・・」 「そうだろう。多くて幾らだ?」 「35万くらいですかね」 「少ないと?」 「20万ない時もあります」 「そうか、なら取り敢えず30万出す。固定給でな」 「えっ、ほんとですか?」 「ああ、さっき言った様にうちが大きくなれば、もっともっと出すよ」 「ほんとですか!」 「ああ、嗚呼、いく!」と井畑は折しも法悦に達した。「はあ、気持ち良かった。ど、どうだ、やる気になったかね?」 「はい、やってみたいですけど、病院で働いている方たちから白い目で見られないでしょうか?」 「その点は大丈夫。医院長たる僕がだな、射精させることは幸せホルモンであるオキシトシンを分泌させ、且つ前立腺がんの予防が出来、患者を健康にする立派な仕事なんだ。それにリナちゃんの仕事は我が医院に莫大な利益を齎す為の絶対不可欠な仕事なんだ。だからリナちゃんに絶対優しくするようにと皆に言い聞かせるから」 「そうですか。それなら」  という訳でリナは素直に井畑の話に納得して乗り気になってデリヘルの仕事をきっぱり辞め、井畑の病院で働くこととなった。その働きぶりは井畑の期待通りで患者もリナの心の中は見えないから只々気持ちよがってリナを持ち上げるばかりだった。  で、井畑医院のホームページで、「うちにムッチャナイスなサービスをするメッチャ美人のナースがいますよ!」と掲示して宣伝したが、そうするまでもなく井畑の思惑通り、噂が噂を呼んで近隣だけでなく遠方からも井畑医院を選んでくれるので患者が増えて井畑医院は繁盛して大きくなり、井畑の家も邸宅らしくなり、リナは井畑医院の看板娘として、ずっと井畑医院で働き続け、患者たちから喜ばれ続けた。それにしても幾らリナが美人だからって幾ら可愛い口や綺麗な手でテクニカルにエロティックにあれこれしてくれるからってリナに辱められているとも思わずリナが如何わしい仕事をしているとも思わずリナをいい娘として手放しで喜ぶというのは恥知らずで背徳的な節穴に違いない。中には呆れたことに病気が治ったのにリナのサービスを受けたいばっかりに俺はまだ直ってないと言い張って退院を渋る者もいた。そうしてそいつは遂にリナに告白したが、リナはそいつが三下だと分かると、体よく断った。彼女は富豪になって行く井畑に寄らば大樹の陰とばかりに心を寄せていたのだ。  而して何年か歳月が流れると、井畑はリナの代わりに若くて可愛い子を雇ってリナと結婚した。リナは玉の輿とばかりに井畑のプロポーズを受け入れたのだ。デリヘル嬢として来た時には井畑を思い切り蔑んでいたのに大尊敬して。
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