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フリーランスで仕事をしているため個人で動くことがほとんどだけど、ごく稀に、今回のようにチームとして仕事することもある。今抱えている案件は、寿々華(というのは、以前に僕が結婚していた相手)の伝で回してもらった仕事で、以前からの知り合いも少なくない。その中に雪乃もいた。
「その、雪乃さまというお方と何かあったのですか?」
「何かあったのは、ずっと前のことなんだけどね」
「ずっと前のことを今も引きずっていらっしゃるのですか?」
「そういうことになるのかな」
「引きずっていらっしゃるのは、雪乃さまの方ですか?」
「うん、そうだね。実は、僕は忘れてたんだよね。雪乃と再会するまで」
「デジャヴですか」
「そうなんです」
「まさか、まだ何か秘密が…」
「いや、白夜のオーブは無関係というか、猫又も無関係」
陽月と再会するまで、僕は陽月との記憶がなかった。それは白夜の術で記憶を封じられていたからだった。雪乃の再会するまで僕は彼女のことをすっかり忘れてしまっていたけれど、それは誰にでもよくある健忘だ。猫又も猫又の能力(チカラ)も関係ない。
「何か、問題でも?」
「僕が彼女の気持ちには応えられないことかな」
「!!?」
「…」
「え?」
「驚きすぎ」
「これは、失礼いたしました。コタさまの魅力にお気づきになられるお方が陽月さまの他にもいらっしゃるとは、ワタクシ、とても光栄に思いますよ?」
「どうして疑問形?」
そうなのだ。三十路も半ばを過ぎて、しかも婚歴があるというのに、これはいわゆるモテ期なのかしら?
「もしかしたら、潜在的に仙理さまのお力が現れているとか…」
「うわぁ、それ複雑!一番イヤなやつかも!」
仙理とは。
転生を繰り返していた僕の前世、というか僕自身でもあったのか。僕だけど、僕ではない存在。前猫又の王、猫神の万里と、強い霊力を持っていた高位の巫女との間にヒトとして生まれ、人々から神格化された存在。平々凡々に生きている僕とは真逆の、並々ならぬ能力(ちから)によって数奇な人生を歩んできたヒト。
「ところでコタさまは、どういった経緯で雪乃さまとお知り合いになられたのですか?」
「ざっくり言うと、寿々華の友だち」
そう、雪乃は寿々華を通して知り合った「友だち」なのだ。
「今回のは仕事っていうか半分は趣味みたいなものだけど、報酬もあるから一応は仕事かな。でも内輪の集まりみたいな感じでやってて」
「左様でございますか。しかしながらワタクシ、コタさまのご職業やお仕事内容など何も存じ上げなくて。どのようなご様子なのか、さっぱり見当もつきません」
「そういえばそうだね。興味ある?」
「コタさまのことなら興味なくはないですが、お仕事のお話となるとちょっと…」
「だよねぇ」
ハレも興味がないことだし、取り立てて面白い内容でもないので、僕の業務内容については割愛させていただこう。
「寿々華さまと出会われたのは…」
「学生のときだよ」
「雪乃さまは?」
「学生のときだけど、就活してたときだからかれこれ十数年くらい前かな。就活中に、寿々華から紹介されたんだ。希望する職種が似てたから、いい仲間になれるんじゃないかって。実際、気の合う仲間だったと思うよ」
そうなのだ。雪乃は僕にとっては仲間だった。当時僕は寿々華と交際していたし、雪乃にも特定の相手がいたと思う(この辺の記憶は曖昧だけど)。そして僕は雪乃のタイプではなかったはずだ。お互いに異性としては見られないタイプだったから。
なのに、どうして?
あの時のことは、単純に「友情」だと思っていた。友情以外のなにものでもなかったはずだ。
でも、そう思っていたのは僕だけだったのかな。だから再会した今になって、燻っていたあの時のことが再燃してしまったのか…
分からない。
とんと、分からない。
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