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「はろーん!」
「いらっしゃい。どうぞ、上がって」
僕は扉を大きく開いて、雪乃を部屋に招き入れた。
「なんか、ごめんねぇ。みんな来られなくなった上に早く来すぎちゃって」
「いや、構わないよ」
雪乃は独特のイントネーションで話す。感覚やセンスも独特で、人を惹きつける抜群の感性の持ち主だ。正直なところ、この才能は羨ましかったし、サバサバとして些末なことに囚われず好きなことに突き進むところは尊敬さえしている。
「ふふふっ」
「え、なに?!」
突然、不敵な笑みを漏らす雪乃に、僕の警戒心が強まる。もしかしたら顔に出ているかも?
「嬉しいなぁと思って」
「え?なにが?」
さり気なく周囲を見回して、ハレの姿を探す。
さすがハレ。僕の視線が向いても不自然ではない位置に待機していた。
「嬉しい?」と僕が問い返すと、「そうたよ、嬉しいんだよ」とにっこり笑う。
僕はこっそりとハレを見る。ハレはふいっと一度、尾を振る。ということは、嬉しいのは本当なのか。
「あの、何が嬉しいの?今日はみんなで集まれないから大した話はできないよ、きっと」
「そうじゃなくて。分かってんじゃん?」
「分からないよ」
僕は雪乃の言葉の意図を計りかねて困惑する。
「ネコっち、アタシの気持ち知ってるっしょ?」
【ネコっち】というのは、雪乃しか呼ばない僕のニックネームだ。ヤマネのネとコタロウのコを取って【ネコ】。とてもユニークなニックネームの付け方だ。
「雪乃の気持ちって?」
僕は困惑したまま聞き返す。
「この間、言ったよね?アタシはネコっちのことが好きだったって」
僕はハレにチラリと視線を向ける。ハレはふりふりと二度、尾を振った。
『NO』だ。
雪乃が僕を好いているというのは、偽だ。
「雪乃、それは違うと思う。いきなりそんなことを言い出すなんて、何か理由でもあるの?」
「何でそんなこと言うの?」と、雪乃は目に涙を浮かべる。その涙に僕はますます戸惑う。
しかしハレは再び尾を二度振った。この涙も偽。嘘泣きということか。
「何でそんなことって、僕こそ聞きたいよ。何で急に?」
「急じゃないよ。だって、当時は寿々華がいたじゃん!ネコっちには寿々華がいたから」
「でも、寿々華は雪乃と僕がどうにかなるのは絶対にあり得ないって」
一瞬だけ、雪乃が眉を顰めた。何かを逡巡しているのか、雪乃は一点を見つめている。
「…寿々華がそう言ったの?」
「うん。だから僕はキミが僕に全く興味がないというか、異性として見られないんだと思ってたよ」
「異性として見られないってことはない」
僕は再びハレに視線を向ける。ハレはここで三度、尾を振った。
三度?
え、三度?
僕はハレを二度見した。ハレはもう一度、三回尾を振った。
どういうことだろう?
「異性として見られなくはない」という雪乃の言葉の真偽が判別できないとは。
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