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Goodbye
羽が生えてしまった彼女は、今、どこにいるのだろうか。
喉元を得体の知れない何かで塞がれている気分になって、それを無理矢理流し込むように唾液を飲み込んだ。
窓の外から見えた青々とした葉。はらはらと落ちては命尽きたその葉を見送りながら、隙間から木漏れる光を見ていた。
次第に音が戻ってくる。消えた——いや消した音が、濁流のように流れ、鼓膜を刺激していく。
周囲が慌てふためいていた。その顔色を見るたびに、どうしてそんな嬉々として受け入れているのだろうかと不思議で仕方がない。それらを横目に、ふと彼女の儚げな微笑を瞼の裏に呼び起させる。
陶器のように滑らかで白い肌。肩甲骨の下あたりで揃えられた毛先が、ゆらりと動きをつけている。細く、線のように頼りない背中は、いつだって空を見つめていた。
その後ろ姿が印象的で、いつだって自分のキャンバスにおさめたいと思っていた。
『いやだよ。わたし、この世界にわたしを残しておきたくないから』
あっけらかんと、配慮という気遣いもないまま、自分が描かれることを頑なに拒んだ彼女は「でも羽をつけてくれるなら、考えてもいいよ。もちろん、絵じゃなくて現実でね」と無理難題を押し付けてくる。それから、すらりと伸びた細長い指で、地面に落ちた蝉の抜け殻を拾うと、抵抗を見せることもなくポケットにしまった。
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