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「お怪我は大丈夫ですか」
亜紀ちゃんのお母さんである三沢律子さんがお見舞いに来てくれた時は、どうしたらいいか分からなかった。
律子さんの中では、私は亜紀ちゃんの生命を守った恩人ということになっているようだった。
「気にしないでください。別に大したことをしたわけじゃありませんから」
「そんなことはありませんよ。住倉先生がいたから亜紀は元気でいるんですから」
「そんなことありませんって。むしろ危険な目に合わせてしまって申し訳ありませんでした」
「そんな……」
律子さんとは、自分が受け持っている亜紀ちゃんの母親であるにもかかわらず、常々コミュニケーション不足のような気がしていた。
律子さんはシステムエンジニア兼プログラマーなのだという。仕事が忙しいらしくてお迎えにいらっしゃるのもお祖父さんやお祖母さんのことが多く、お会いするのも久しぶりだった。
「凄いなぁって思ったんです」
「何がですか?」
「私がちょっとおかしいのかもしれないんですけれど、人のために何かするのって、ちょっと怖くて」
「何を言っているんですか。律子さんだってしっかり亜紀ちゃんのお母さんをしているじゃないですか」
「そうでしょうか?」
「亜紀ちゃんを見ていれば分かりますよ。律子さんがお迎えにいらっしゃると、亜紀ちゃん、すごく喜んでいますから」
「そうなんですか?」
「お仕事お忙しいのかもしれませんが、しっかり亜紀ちゃんのこと、見てあげてください。子どもだって親のことを見ているんですから」
「そういうものなんでしょうか?」
「そういうものです。その証拠に亜紀ちゃん、お母さんから教えてもらったって『数かぞえゲーム』というのを私に教えてくれたんですよ」
「そうなんですか。……恥ずかしい」
「大丈夫ですよ」
「なんだか、すみません」
「いえいえ」
律子さんは無口な人でどう接すれば良いのか分からなかった。だけど、こうして改めて話してみると、単に臆病で遠慮がちな性格の人なんだと思った。
人のために何かをするのが怖い。それはその人を大切に思っているからこそ出てくる気持ちなんだと思う。だけど、たとえ臆病であったとしても手を伸ばさなければ自分を理解してもらうことはできないし、何もしなければ逆に冷たい人だという誤解を相手に与えてしまう。
誤解されたままでいいという人も中にはいる。だけど、律子さんは違うようだった。
胸のうちを曝け出してしまって少し気持ちが楽になったのか、律子さんは自分の仕事のことを色々と教えてくれた。
すごく大きなテーマに取り組んでいるようで、説明を受けても沙織には理解できない部分がたくさんあったけれど、その仕事が大好きなのだという気持ちはよく伝わってきて、少しだけ羨ましく思えた。
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