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それぞれの正義
リハビリが始まった。
松葉杖というものを初めて使うことになったが、使ってみるとなかなか便利なものである。
一時期は車椅子も病院側が用意してくれたが、確かにあれの方が少しは移動が楽であった。だけど、慣れてしまうとずっとそれに頼りっきりになってしまいそうだったので、早々に使用を辞退させてもらうことにした。
傷はだいぶ良くなっては来ているようだった。痛みは初期の頃よりは緩くなっている。一刻も早く仕事に復帰したい。
沙織は頑張っていた。
とにかく目の前にある問題を頑張ること。
後輩に偉そうに諭しておきながら自分ができていないのでは、咲ちゃんに笑われてしまう。
「あ、おねえさんがいた」
気がつくと、すぐ傍に黒鉄涼真くんがいた。もう退院していて今日は検診か何かで来たらしく以前会ったときのようなパジャマ姿ではなかった。
そして一緒に涼真くんのお父さんである黒鉄雄山さんがいた。
「リハビリですか」
「え、ええ」
沙織は看護師さんとの内緒話で、黒鉄雄山が黒鉄組というヤクザ組織の組長なのだと教えてもらっていた。だけど、こうして本人を目の前にしたとしても、沙織は別に怖いという感覚を持てなかった。それはもしかしたら涼真くんがいるからかもしれなかった。
雄山はいきなり謝り始めた。
「実は聞いてしまいました」
「何をですか?」
「ナイフで刺されたって」
「……」
嘘をついても仕方がないので、沙織は素直に頷いた。
「保育園の騒音問題というのは何処でも起こっているようなんですけれどね。まさか刺されてしまうとは思ってもいませんでした」
「騒音問題ねぇ」
雄山は何かを考えているようだった。
四歳の涼真くんは元気いっぱいだったけれど、喉が渇いたのかペットボトルのジュースを雄山のトートバックから取り出して飲み始めた。
沙織と雄山は病院の長椅子に腰掛けて、少しだけ話しをすることになった。
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