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忍び寄る闇夜 ~ウミ編~
男は許せなかった。
あんな屈辱は初めてだった。
この俺をどこの誰だと思ってんだ。
あいつら全員磔にして八つ裂きにしてやる!
ウミは突如叩き起こされた。
わけもわからぬまま男の手に引っ張られながら走った。
大きな楠の下で立派な馬を連れて、今か今かと待ち構えていた男が口早に言った。
「はやく!乗っておくんなせえ!」
男が素早く馬の背に乗る。
ウミもすぐさま男の後ろに引っ張り上げられた。馬に乗るのは初めてだった。
勢いよく林を駆ける。
すげぇ速さだ!
ウミは興奮した。
どこへ行くんだろう。
初めて見る景色が勢いよく広がっていく。
休むことなく馬は全速力で走り続けた。
男の背にしがみついていた。
少しでも油断すると振り落とされそうだった。
もう二度と村に戻ることはないんだろう。離れられるなど考えもしなかった。生まれたときから足に鎖が繋がれていた。光など見なかった。
毎日無理やり押し付けられるものが山ほどあった。身を粉にして働き続けても終えることのできぬ山。
そんな苦痛の日々でウミが唯一安らげた場所、そこが神社だった。神主様はウミに神様の話をしてくれた。神主様の話す神様は皆それぞれの色や香りを強く放っていてとても生き生きとしていた。
神主様はいつも話した。
命はすべて糸で繋がっている。根元の神様はすべての糸を束ねているからとってもとってもぶっとい綱なんだ。その綱から数多の神様に山や川、海や空、すべての生きるものに繋がっている。
ウミ、お前の命は神様と一緒だ。
神様はいつもお前を感じている。
お前がとても辛くて悲しいとき、神様はお前と一緒に泣いているのだよ。
お前の父ちゃんと母ちゃんは神様なんだよ。
ほら、この縄を触ってごらん。
「どうだ?」
「なんだか……おぞましい気がすらぁ。
この縄で下人を捕らえて……こらしめんだ。」
「おいで。ウミ。」
神主はウミをがっしりと抱き締めた。
「ウミの感じることがこの世のすべてなんだ。お前の感じるままにお前はこの世を見る。お前の目でしかこの世は見られぬ。この世はお前が作り出しているんだよ。」
「神主様、それはおかしいや。おらが作るなんて…。おらの思った通りにはならない。おらは周りの指図でしか動けない。」
「そうかい?」
「そうでい!」
「これがウミが作った世の中なんだ。指図でしか動かない。ウミが決めたことだ。」
「………………。神主様!これはおらが決めたのか??おらは生まれつき非人だ。それはおらが変えることはできねぇ。おらが決めることなんてできね!」
「ウミ。その決まりは神様が決めたことじゃない。人が決めたんだ。人が決めたことにゃ必ずや綻び《ほころ》が出る。それが神様の意思に通ずるものでないなら殊更に弱くなる。その決まりはいずれなくなるよ。」
ウミは目玉をまんまるくして神主様の真っ直ぐにのびた美しい音色にすっかり見惚れてしまった。
神主様はどうしてこんなにも美しいんだろう。
「ウミは神様の方に向かって歩くんだ。」
「そんなの…わかんねぇよ。」
「お前の笑う方だ。」
「おらの笑うほう??」
「神様はお前の笑う方が好きなんだ。お前の元気を願っているのは神様なんだよ。」
「神様が?!おらを元気にしてくれるのか?」
「ウミを元気にしてやれるのはウミだけだ。神様は見守ることしかできねぇんだ。」
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