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振られ記念の晩餐に私が選んだレストランは、文豪・ヘミングウェイが通った通った店としてガイドブックなんかにも紹介されている有名店。
「いらっしゃい。探し人とは会えた?」
人間味のある笑顔だと思った。それに、流れる水のように心地良い声で話す人だと思った。男らしい顔つきに、濡れた状態では分からなかった外国人のような透明感のある金髪がよく似合う。
『探し人は…いなくなりました』
「あ…」
彼は少し困ったように目尻を下げた。そうです。私はこんな日本から1万2千キロも離れた地で捨てられた可哀想な女なんです。
「Have a nice trip」
“良い旅を”なんて言われちゃった。嫌味か。そう思ったけれど、私はあと数日、帰国日の9月3日…あれ、2日だったっけ?日付変更線を跨ぐから…まぁどっちでもいいや。帰国日までの数日をどう過ごすか考えなくちゃ。
彼との甘い時間を過ごすはずだったのに、今じゃ私は”お気楽な女子一人旅”ってフレーズがぴったりのお一人様だから。
『ケンタ…さん?』
「健太でいいよ」
上裸バスタオル男と陽気なお客さんたちの会話の中で何度かでてきた”ケンタ”というワード。これが上裸男の名前。
ケンタは、キューバ料理をメインにカリブのご当地グルメ全般を勉強するために、単身キューバに乗り込んでいるという。
“ケンタは優しい奴なんだ”
同じテーブルの人たちがそう口を揃える。私はまだその優しさが分からないけれど、悪い人ではないんだろうと思った。
夜も更けてきて、一人、また一人帰っていく。
「帰らないの?」
ケンタがお皿を下げながらテーブルに一人残る私に話しかけてきた。
『もう閉店?』
ケンタはチラリと時計に目をやって、首を横に振った。
「まだ大丈夫。何か飲む?」
『んーじゃあケンタのおすすめで!』
ケンタは、バーカウンターに入り、慣れた手つきでカクテルを作った。
「モヒート。飲んでないでしょ?キューバに来たらモヒート飲まないと」
ハバナ・クラブとたっぷりのミントを使った清涼感あるモヒートは、キューバ発祥のカクテル。
『……美味しい』
「俺のおごり」
異国に女一人をほっぽり出すようなクズ男もいれば、こうして見ず知らずの女に優しくしてくれる人もいる。男を見る目を養おうと決めた夜だった。
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