「どうにかなるさ」

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 第一志望の大学に落ちた。  それだけが、僕に下された現実。 「(のぼる)、したら悪ぃけどハウスからイチゴぉ、摘み取ってきてくれや。今から冷蔵庫に入れておけば、(さとし)が来る頃にゃあ、ええ感じに冷えるやろ」  納屋の向こうから、爺ちゃんの声がする。 「分かった、1カゴでいい?」 「おう、今年は出来がよぉて粒がデカいで、1カゴあれば3人で十分じゃろ。ついでに、畑に置いた軽トラも持ってきといてくれや」  のんびりとした声。  僕がこうして田舎で一人暮らしをする爺ちゃんの家に来ているのは、単なる卒業後の時間つぶしって訳じゃぁない。次々とタイムラインに入ってくる友達の『合格しました!』メッセージが心に刺さるからだ。そんな浮いたヤツらと、街中で顔を合わせたくもないし。  そりゃあ、顔を見れば彼らだって慰めてはくれるだろう。「当たり前だよ、日本を代表する大学のひとつなんだから。不合格でも、受験する機会をもらえただけでも俺たちとは違うさ」って。  でも、僕は知っている。  陰でヤツらが「何がB判定だよ、高望みし過ぎてブチ落ちてたら意味ねーじゃんか」って嗤っているのを。  そうして「いい気味だ」と馬鹿にしているんだ。 「ええっと……イチゴ、イチゴ……何処だったっけ」  畑を見渡すが、まだいまいち何処のビニールハウスに何を植えているのかが頭に入っていない。 「あんな目立つの、すぐに目に入ると思うんだが……」  一人で面倒を見ているとは思えないほど数の多いハウスに、色んな作物が青々と茂っている。作物の他には出荷用に花も作っているから、余計に分かりづらい。 「でも構わんじゃろ? チャンと第二志望には合格しとるんじゃし。別に人生が終わったわけでもなければ、浪人以外に道がないわけでもなし。ま、人生どうにかなるモンさ」  爺ちゃんはそう言って笑ってくれるが。  でも『模試でB判定が出た』と聞いて「これなら」と挑んだ末の惨敗。馬鹿にされたような、梯子を外されたような。これから先に待っているであろう人生の全てに『お前の賭けは負けにしかならないよ』と宣告された気がしてならない。 「イチゴ……イチゴ……」  ぐるりと見渡して、やっと思い出した。 「そうだ。入り口に軽トラが置いてあるハウスが『それ』だったっけ」  隅の方に、軽トラが横付けしてあるハウスがある。『中に人がいるぞ』と思わせる事で、盗難防止をしているのだそうだ。……効果があるのかどうかは知らないが。 「……しょっと」  バコン!という軽い音と共に軽トラの薄いドアを開け、狭い運転席に座り込む。  灰色の短いシフトノブをニュートラルにして、吸い殻入れから出してきたエンジンキーを差して回す。ブルル……という振動とともに、エンジンが掛かった。 「まったく、軽トラを運転するためにMT免許をとった訳じゃないんだけどな……」  ボヤきつつ、車を少しだけ前に出して人が入れる空間を開ける。  ハウスの中からは、ほんのりと甘い香りが漂っていた。
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