-サフィールからアオイ-

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目の前に差し出されたのは1通の封筒。下部に中央管轄区司令部のアドレスと軍部の紋章が印刷された、所謂事務用封筒だ。 「3日前、少し話したよな?」 「この先の件ですね」 「そうだ」 シグレさんが中身を引き出す。クリアホルダーに収められた書類が出て来た。それらを1枚ずつテーブルに広げた。志願兵申請書類、経歴書類、身元引受書類、その他提出必須な書類を纏めた要項書類。 「身元引受書類は提出しなくても問題ないが、何かの場合には俺がアオを引き受けてやる。あとの書類は全部埋めなくて良い。アオの状況を考えるととても埋められねぇから」 「シグレさん、もしかして昨日出掛けたのはこれを取りに行っていたんですか?」 「そうだ。だがこれは単なる志願兵申請書類じゃねぇ」 その言葉に書類をめくる。別段裏側に特記事項など見受けられなかった。そもそも通常の志願兵申請書類など見た事がない。 「公にはしてねぇが軍部は今、特殊部隊の編成を進めている。1年以上先の始動となる部隊だ。そこは志願兵も含まれる。能力を認められれば配属される。…特殊部隊だから当然要請があれば国内あちらこちら出向く事になる」 「それって…」 「特殊部隊だからやる事は結構きついだろうが、アオの目的には近付けると思う。ただこれは『コネ』じゃねぇ。『推薦』だ。だから絶対じゃない。ここへの隙間は空けてやれるが、そこから先はアオ次第だ」 「…十分ですよ。ありがとうございます」 アオは席を立つと引き出しを開けボールペンを1本探し出し、それをテーブルに持って来た。書類を1枚手に取ると、それと真剣に向き合った。自分で確実に書ける部分を埋めていく。疑問に感じる部分はシグレさんに尋ね、適切な記入をした。名前には偽名を、現住所にはここを。身元引受書類は保留、シグレさんに負担を掛けてしまうからしっかりと検討したい。 翌日から必要な提出書類を揃えていった。 ──────────────────── 何日か時間を掛けて書き上げた書類、全部は埋められなかった書類。それを揃えて提出した。シグレさんが窓口となり提出をしてくれると言ってくれたが、それは丁重に断った。いつまでも頼ってばかりではいられない。何でも自分で出来るようにしたい。提出にあたり中央管轄区司令部まではシグレさんに付いて来て貰ったが、提出手続きは自分で行った。受理はされたが採用されるかどうかはまた別問題。決めるのは僕ではない。 提出から1年と少し。僕が17歳になったあとの2月。僕の下に軍部から招集書類が届いた。 それが届くまでの間、ハクロさんの所でしっかりバイトをこなした上で得たお給料を使い、通信でハイスクール課程を受講した。シグレさん曰く、軍部でも希望すればそう言った講習はあるそうだが、学べる時間が現在あるのだからそれを活用したかった。通信で学べるだけ学び、僕はたくさんの感謝を抱えつつシグレさんの元から巣立った。勿論、バイトで得たお金を使い、シグレさんに対価をきちんと支払った。別れ際、シグレさんに『困らなくても、いつでも頼れ』と言われた。ここにまた、帰って来ても良いと言われた気がした。 この数年、失ったものも大きかったが得たものも大きい。家族を喪い自分が嫌いで堪らなかったのに、自分を必要としてくれて自分が生きる道を見せてくれた。僕はもう呪符とは仲良くなれない。この世の殆どの呪符を黙らせられるであろうこの呪符を得て、僕は前へと進む。 3月、顔合わせの日1週間前。 僕の私物は少ない。それらを抱えて中央管轄区中央都市セントラルステーションに降り立った。1人でここへ来るのは初めてだ。前回はシグレさんと一緒に。でもここからはもう、僕1人。 封書から招集書類を取り出した。そこに書かれた配属先を見る。『中央管轄区司令部即応部隊第6小隊』。これを見る限り、どうやら僕はシグレさんの言っていた特殊部隊からは外されたらしい。それでも軍部にいれば、いつかは国中を回れるだろう。ルヴィちゃんを少しでも探せるだろう。そんな淡い期待を抱きつつ、僕は中央管轄区に足を踏み入れた。 ──────────────────
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