-サフィールからアオイ-

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──side Saphir── 姉が生まれた時、さぞかし父は困った事であろう。何故ならば父が欲しかったのは自分の『跡継ぎ』。にも関わらず、生まれたのは姉である女の子。父は焦った。焦った挙句、下した決断は『表向きは男子として姉を育てる』と言う事。 外部に見せる時は長男として、姉を紹介した。その小さな嘘はやがて小さな歪みとなる。その歪みを誤魔化す為に、嘘に嘘を重ねた。 翌年、僕が生まれた。さぞかし父は困った事であろう。何せ待望の男子が生まれたからだ。もう無理に姉を男子と言う必要はない。だが、小さな嘘はもう揉み消せない程に大きくなってしまった。 父はその嘘に、更に嘘を重ねる選択をした。 ────────────────────── ある年の事だ。僕と姉は父に連れられて夜会に参加した。 ルビーレッドのベストとボトムスに身を包んだ姉と、サファイアブルーのワンピースを着た僕。父はそこで会った人達に『兄と妹』と僕達を紹介する。程々の時間になり眠たくて仕方がない僕は、必死に姉の腕を掴み起きている努力をした。 「あぁ、ご無沙汰しております」 ふと眠さを堪え父の方を見れば、また知らない人と会話をする父が視界に入る。ただそれまでと違う点を挙げれば、相手側にも2人子供がいた事だろうか。歳は僕達2人よりも少し上。淡い色合いが印象的ではあった。 「ほら、挨拶を」 父が促して来る。 「ルヴィ・オーギュストです」 「…サフィール・オーギュストです」 眠くて眠くて、それでも必死に名前だけは名乗った。 「僕はリ──・コー──アです」 「僕は─カ・──ネリアです」 兄弟が名乗ってくれたものの、眠くて頭に入らない。差し伸ばされた手を反射的にそっと握った。僕よりも大きなその手。視線を上げれば、優しそうなカーネリアンカラーの瞳で僕を見ていた。 「…もしかしてもう眠い?とても手が温かい。こう言う場所は疲れるからね」 この時の事をちゃんと覚えていない事に、大人になってから後悔する事となる。この出会いは後に繋がる大事な出会いだったのに、子供の僕はろくに覚えていなかった。 ──────────────── 人生の転機と言うものは、ある日突然やって来る。 それは僕が16歳になる年の5月に訪れた。 その日、ルヴィはワインレッドでチェック柄のベストとボトムスを着ていた。白いシャツを下に、それはルヴィに良く似合っていた。僕は僕でルヴィが気に入ってくれていたグレイッシュブルーのワンピースを着ていた。 僕はそこまで背は伸びず、ルヴィと並んでも大差はない。幸か不幸か、顔立ちもそっくりだ。着ている服を脱げば男子とわかる身体ではあるが、もともとが細身だから服を着てしまうとそれは誤魔化されてしまう。声質も同年代の男子と比べたら高めの声だ。 ──何だかこの為に貰った身体だね。 時折現れるこの考え方。男子でありながら男子と言えない。表には女子として振る舞わなくてはならないこの環境。まるでそれを成立させるかのような、僕自身の身体。 ──憧れない訳じゃないけれど、この外見じゃ似合わない。 そう自分に言い聞かせて、現状と付き合ってきた。 「ねぇルヴィちゃん、僕達はいつまでこのまんまなんだろうね」 「さぁ、ね。でもそろそろなんじゃないのかな。サフィールと僕、いつ入れ替わってももうわからないでしょ。…本当、棄てられたら良いのに…」 「…ルヴィちゃん?」 「だってそうでしょ?僕はサフィールの代理。サフィールが『ルヴィ』を名乗るようになったら僕はもう要らない。それにサフィールに全部押し付けるような事、僕は嫌だ」 姉が窓から外を窺う。車のエンジン音が聴こえ、来客が到着した事を悟った。 「ねぇサフィール」 姉が振り返り、僕をじっと見詰める。紫とまでは行かないが紅みを帯びた瞳が僕を捉えていた。 「──…」 「え?ルヴィちゃん、何?聞こえない」 姉は笑顔を見せると僕の手を取る。 「行こう、サフィール。来客なら挨拶をしなくては」 ─────────────────
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