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──side Saphir──
目を開ければ知らない光景が広がっていた。飾りっ気のない、シンプルな部屋。僕が寝かされているベッドの横には小さなデスクと書架。専門書みたいな背表紙が見えた。
身体を起こしてみようとしてみたが、ぎしりと痛む。無理するのは止めた。腕を上に伸ばしてみれば、見慣れない半袖の衣類を着ている事に気が付いた。だぼっとした落ち着いた色合いの衣類。伸ばした腕には何枚もの滅菌パッドが貼られている。
──どこなんだろう、ここ。
少なからずわかる事は、誰かに保護されていると言う事。
──ルヴィちゃんは…?
現状、姉は見当たらない。今まで姉に頼りきっていた僕は、これからどう生きていけば良いと言うのだ。
「よぉ、起きたか」
「!」
衝立のように配置されていた書架の向こうから顔を覗かせたのは、僕にとっては見知らぬ男性。見慣れないグレーの半袖とハーフパンツの衣類を着ている。年齢こそ父と変わらないくらい、だが黒い髪にはいく筋もの銀色の束が存在した。
「無理して起きるな。ここは俺の家。お前は保護され俺に匿われている」
「?」
「安心しろ、悪いようにはしない」
この人は僕を匿ってくれている。どうして?理由がわからない。
「小僧、俺はお前の事をルヴィと聞いているが?」
そう言うと1冊の書籍を手にして僕に近付き、僕が寝かされているベッドの縁に腰を掛ける。そして顔を覗き込んできた。最初は煙草をくわえているのかと思ったが、どうやらそれは煙草ではない。白いスティック状の、何か。
「お前、本当に『ルヴィ』なのか?」
この人は僕の事を知っている人なのか?僕自身はこの人の事を知らない。僕の目をじっと見る。
「『ルヴィ』って言うより『サフィール』じゃねぇのか?そんなサファイアみたいな目ぇして本当にお前は『ルヴィ』なのか?」
この人は僕の事をどこまで知っているんだ?
ぱき、とスティックが噛み折られた。ほんのりと甘い匂いが漂った。
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「まぁそう怯えるなよ。何も取って食おうとか思ってねぇから」
「…あの…どうして…」
ぎしりと痛む身体を無理に起こした。
「お前を保護したやつ、俺の元同僚でそいつからの情報。ただそいつはお前の事を『ルヴィ』だと言った。今、まじまじと顔見たら目ぇ青いだろ?お前ら兄妹、ルビーとサファイアの名前なのに色が合わねぇなぁって。まぁ、ルビーと言っておきながら目が赤くない可能性も棄てられねぇけどな」
姉が着ていた服を着せられた時点で、僕は『妹としてのサフィール』を装わなくて良くなった筈だ。でも世間的には僕本体は『妹としてのサフィール』であり、姉の服を着た時点で『兄であるルヴィ』が僕なんだ。それなのにこの人は世間の情報に囚われず、僕を『サフィール』だと言った。
「あの…貴方は僕をどうしたいのですか?」
「助けて欲しけりゃ手を貸すが?お前には俺がどう映っている?悪人に見えるなら悪人扱いすればいい。お前が決めろ」
この人、物言いは厳しいがきっと根は優しいのだろう。そうでなければ僕を手当して、置いておく事などしない。
──僕は…。
「…僕は…自立したい。いつまでも頼ってばかりじゃ駄目なんです。でも、どうしたら良いのかがわかりません…」
「だったらさ」
わしゃ、と乱雑に頭を撫でられた。寝起きでぼさぼさの髪が更に酷くなる。
「目の前にお前を助けようとしている大人がいるんだ。子供なら子供らしく、遠慮なく頼れ」
わしわしと撫でてくれるその行動から、この人には頼っても大丈夫なんだと確信を持った。
「…僕は」
「何だ?」
頭に手を乗せられたまま、目の前の大人を僕はじっと見た。黒髪に混じる銀色の束は人工的なものではない。茶色の瞳は全体の見た目に反して優しい事に気が付いた。
「僕はサフィールです」
「…ほぅ?」
「サフィールは妹なんかじゃありません。本当は…」
──弟なのです。
目の前の男の人は、衣類のポケットから小さな箱を取り出した。ぱっと見は煙草の箱に見えるが煙草の箱よりも明らかに小さいし、印刷が派手だ。中からスティックを1本出し、それを咥える。
「サフィール…ねぇ。深い事情はあとで聞く。俺は嗣呉。佐世嗣呉。俺はこれでも呪符職人でな、例外のお前とも上手く付き合えると思うぜ?」
煙草と見えたその品は、煙草ではなく駄菓子だった。
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