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「ど、どうしたの……」
ミタライくんが空になったお弁当箱を後ろ手に隠しながら、おずおずと立ち上がった。その問いに答えたいのに、何故か言葉が出てこない。
何も知らなかった。
何も、知らなかったよ。
でもどうしたらいいのかわからない。
ごめん、の言葉よりも先に、唇が勝手に動き出していた。
「もう、やめる」
私は宣言した。
見上げると、ミタライくんは戸惑った様子のまま、私の目をじっと見つめていた。
「私、やめる。毎週ミタライくんに奢ってもらうの、やめる。お金はちゃんと返すから」
そう言うと、ミタライくんの顔はショックを受けたように青ざめた。
その瞬間、私は全てを理解したような気がした。
「……これからは、ちゃんとお金払ってミタライくんとご飯食べる。毎日でもいいよ。Sランチなんかなくたって、私、ミタライくんと一緒にいるから」
ミタライくんは、怖かったんだ。
人と接することが。また高校と同じようなことが起きるのが。怖くて怖くて、たまらなかったんだ。
だから、私の分のお昼代まで払っていた。
それが、一番手っ取り早い〝好意〟だったから。おもしろい話もできない、人を楽しませられない、そんな自分はお金でも払わないと誰も一緒にいてくれない。そんな風に、ミタライくんは自分を卑下していたんだと思う。
でも、そんな風に思う必要なんか、ないんだ。
「ミタライくん、もっと話してよ。自分のこと。私、ミタライくんの話好きだよ。楽しそうに話してるミタライくんを見てると、なんだか私も楽しくなるだ」
ミタライくんはきっと、前に進みたかったんだと思う。
どんな形でもいいから、まやかしの友達でもいいから。勇気を出して、誰かと一緒にご飯を食べようとしていたんだと思う。
でも、ずっとご飯を奢り続けるつもりだったわけじゃない。
それはきっと、最初の一歩だった。いつか、ありのままの自分で、みんなの輪の中に入るための。
だってミタライくんは、いつか子供たちにみんなでご飯を食べる楽しさを伝えるんだから。
「……で、でも」
ミタライくんが俯く。思わず、彼の両手を取った。
指が弾かれるかと思った。でもそこに、壁なんかなかった。 指先の温度が温かくて、ようやくミタライくんのそばに来れたんだと実感した。
つないでいる手の上に、ぽたりと涙が落ちる。
彼が泣き止むまで、私はずっとその手を握りしめていた。
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