ケーキと一緒に召し上がる

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ケーキと一緒に召し上がる

 カタカタカタカタ……。  キーボードをタッチする音が鳴り続ける。  淀みなく指が動く。  柴村(しばむら)智穂(ちほ)は、作業部屋に籠り只管(ひたすら)小説を書き続けていた。  起草にこそ時間はかかったものの、プロットができあがって以降は、目まぐるしいスピードで執筆が進んでいた。  この日も筆は好調で、かれこれ数時間はパソコンの前から動いていなかった。  日が傾き、部屋の中が暗くなってきた頃、漸く我に返ったように休憩を取ることにした。 「うわ~……体ガチガチ……」  執筆の調子が良かったとはいえ、数時間同じ姿勢をとり続けた体は悲鳴を上げていた。  普段は一時間に一回、といった形で休憩とストレッチを取り入れている智穂だが、今日はそれすらも忘れるほど集中が続いていたようだ。 「お風呂いれよ。――温まってゆっくりほぐした方が良さそう……」  自分で肩を揉むと、その硬さに驚く。  パソコン作業が殆どの小説家という職業。二十四歳という若さであっても、肩こりとは長い付き合いだ。  それでも定期的に運動や、こまめなストレッチを取り入れるようになって大分マシにはなったが、それでも悩まされる日は多い。  そんな時は入浴しながら、じっくりほぐすのが一番だ。というのが智穂の持論だった。  スイッチを押し、お湯はりが開始されたことを確認する。  ボタンひとつで暖かいお風呂に入れる。人類の文明に感謝。  そこで漸く智穂は、リビングに置いてあったスマートフォンを確認した。  作業中は基本的にスマートフォンを作業部屋に持ち込まない。  連絡が来て集中を乱される、だけではない。動画にゲーム、SNSや通販など。スマートフォンには誘惑が多すぎる。特に執筆中は集中力を削がれることを嫌い、なるべく触らないよう心掛けている。  確認すると、編集の小堀(こほり)以外から、もう一件メッセージが届いていた。 『兎国院(とこくいん)先生に差し入れ(ハート) ケーキ買ったから、一緒に食べない?』  送り主は……金居(かない)(れん)。  時間は二時間も前だ。それだけの時間、返信がなければ流石に帰っただろうか。しかし合鍵も渡してあるのに、律儀だなぁと智穂は思う。 『今仕事がひと段落ついた。もう帰った? ケーキ食べたいな』  二時間越しの返信を送ると、即座にメッセージが返ってきた。 『おっけー。すぐ行く』  ほどなくして、玄関のドアが開けられた。  蓮はスーツの上に紺色のチェスターコートを着て、左手にブリーフケースとケーキの箱が入った袋を持っていた。 「寒かったぁ」  まだ夕方は冷え込む季節、コートの中に入れ込むようにストールを巻いているが、それでもこの寒さは堪える。 「もしかして、ずっと外で待っていたの?」  蓮の様子を見て、智穂は彼が外で待っていたこを察する。 「返事がなかったから仕事中かなと思って。チャイム鳴らしたら、集中力途切れちゃうでしょ?」 「確かに執筆中にチャイムが鳴るの嫌だけど……」  それにしたって、この寒空の下、数時間も待っているなんて……。 「とりあえず、上がって上がって」  蓮から鞄とケーキを受け取る瞬間、手と手が触れた。 「冷たっ! もう、なんでそんな冷えるまで外に居るかなぁ」 「カフェとか行ってもいいよかったんだけど、コーヒー頼んですぐ返事があったら、慌てて出るようになるじゃん? 俺、食べたり飲んだりはゆっくりしたいタイプなんだよね」 「あーもう、分かったから、今お風呂いれているところだから、先に入って温まって」 「えっ、マジ? ラッキー!」  温かいお風呂に入れると知り、寒さで強張っていた蓮の顔がぱあっと笑顔になる。 「じゃあ早速一番風呂、頂きまーす!」  コートとストールをリビングのハンガーに掛けると、その場でスーツも脱ぎ始めた。 「服はパウダールームで脱いでくださーい」 「えー、スーツ皺になっちゃうじゃん」 「女性の一人暮らしのリビングで、服を脱ぐのはマナー違反だと思いますが? 後でちゃんとハンガーに掛けておいてあげるから」
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