君の面影

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はっと目を開けると、窓の外はもう明るかった。 枕の隣に置いていた目覚まし時計の針は11時を示していて、 思い出したようにダブルベッドの片側に目をやる。 「……ジョギングかな」 もぞもぞと布団を抜け出してスリッパを履き、 いつものように掃除機を手にした。 綺麗好きな彼のために、こうして毎朝掃除機をかけるのが私の日課。 隅々まで掃除機をかけた後は、玄関へ向かう。 扉の脇にあるポストから新聞とチラシの束を取る。 「今日はいいの入ってるかな」 リビングのソファーに座って新聞を広げると、中から折込チラシが出てきた。 近所のスーパーやファストファッションブランドのチラシを広げ、 お得なものや目新しいものを探していく。 「あ、明日たまご特売日だ」 こうしていつもより安いものを見つけて買うと、彼に褒められる。 家計を考えてやりくりしてくれてありがとう、と言ってくれる。 だからこそ私も、もっと彼のために何かをしてあげたくなる。 ぐぅ、とお腹の音が鳴って時計を見ると時刻は12時で、 そろそろ彼も帰ってくるだろうとコーヒーを入れることにした。 「昔はインスタントは味気ないって注意されてたっけ」 ふふ、と笑いながらペアで買ったマグカップを2つとも棚から取り出して インスタントコーヒーの袋を開けてカップに入れる。 お湯を注ぐと香ばしい匂いが台所に漂って、思わず微笑んでしまう。 きっと、帰ってきた彼はいつの間にか好きになったインスタントコーヒーを 美味しいと言って飲んでくれるはずだ。 台所から食卓へコーヒーを運び、向かい合うようにトンと置く。 私も一息つこうと椅子を引いて座り、 指輪をはめた左手でカップを持ち上げて一口飲んでみる。 深い味わいが口の中に広がって、小さく息をついた。 そのとき、窓から入った日差しで部屋の隅にある何かが光り、目を向ける。 「……あれ?」 そこには、笑顔の彼が写真立てに入って飾られていた。 観音開きの仏壇が、笑顔を崩さない彼と一緒に静かにこちらを見つめていた。 時計の針の音が異様に大きく聞こえ始める。 目の前にぽかんと空いた席を見つめて、そっと俯いた。 「また、やっちゃった……。  もうそろそろ慣れないと、……笑われちゃうよね」 気付くと視界はぼやけ、目頭がどんどん熱くなっていく。 「明日のたまご、どうしようかなぁ」 どこかで見ているのであろう彼のために無理して笑おうとすると、 抑えられなくなった涙がぽろぽろと零れていく。 朝の掃除機も、チラシの確認も、ペアのマグカップも。 私はあれから、何一つ変われずにいる。 きっと明日の朝も私は繰り返すのだ。 私の家には、まだ君がいる――そう思えるから。
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