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まちびと
傷んだ黒髪が夕風になびく。
幼子のはしゃぐ声と湖面を滑る西日の眩しさに、わたしはゆるりと目蓋を閉じた。
──あのひとと此処を訪れたのは、どれほど昔のことかしら。
還らぬひとの面影が、いまだこの胸のうちに、甘く、鋭く、痛みを残す。
いっそ忘れてしまえたら、とさえ思う。水面に映る薄の影が、水鳥の羽ばたきで、ふいに、その輪郭を崩されるように。
なにゆえ愛とは、痛みを欲するものなのか。
髪をさらう風はつめたく、降りそそぐ陽はひどく優しい。
「あと少し」を棄てられなくて、わたしは此処から動けずにいる。
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