一章 ニコイチ

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 ノノバラは、言われた通り大人しく席についていた。ただ、その間もノックが鳴りやまず、次第には力のこもった殴打へと激化していった。それでもカノンは、無頓着を貫き、平然として調理に徹していた。すると、来客が往生際を悪くして、戸を破壊せんとばかりに強く叩くものだから、いよいよノノバラは、童心ならではの無垢な好奇に駆られてしまい、玄関扉へと走り寄って、怖いもの見たさに戸を開けた。  風雪と一緒になだれ込んできたのは、トレンチコートを身に纏った一人の男であった。覚束ない足取りで家屋に押し入るや否や、ばったりと前から倒れこんでしまった。言うまでもなくノノバラは驚いたが、それ以上に驚動(きょうどう)したのは、カノンであった。途端に鍋を放り出して、行き倒れたと思しき男に駆け寄り、屈んで生死を確認しようと脈を測った。その矢先、男は、渾身の力を振り絞って、蒼白となった面を上げた。そして、砲金色(つつがねいろ)の結晶をカノンに差し出して、途切れ途切れに言った。 「これを……使って…奴らから…。もう…すぐそこに…」  言い終わるなり、男は、顔を伏し、差し出した腕を力なく床に寝かせると、遂に息絶えた。
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