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「嫌ですっったら嫌です!」
職場のスタッフで順番に無理矢理取得した休暇明け、久々に全員が顔を揃えた年末前。
恒例の朝のミーティングで次期課長の現課長補佐がいきなり問題発言をした。
『年末年始の皆さんのシフトですが、日直担当のスタッフはそこでレセプトを見ればいいので他の日の出勤はやめて下さい。休日出勤し過ぎです。今まではそれで通ったのかもしれませんが自分が課長になったらそういう皆さんだけに都合の良いシフトは通りませんので。今回は仕方ないんでしょうけれど、4月以降はこういうシフトは無しでお願いします』
…おいおい、今言う事じゃないだろうよ…。
眉を顰めあからさまに嫌な表情を出した森くんに目配せしてから、それが出来ない難しさと現状を訴えてはみたが
『だからなんです?去って行く人間が訴えてもどうしようもないでしょう』
と、まだ退職願いすら申し入れていないのに、退職が決定したかの様な発言をされ、嫌な形でそれがスタッフ間に伝えられてしまった。
課長が上層部の会議に顔を出している今日に限ってこういう嫌がらせをしてくる辺り、本当に嫌な奴だと思う。
里絵が退職し、レセプトと日直が出来る人材が減った今、残ったスタッフで力を合わせて頑張っていこうってなるこの時期にわざわざ水を差す様な事を言ってくる。
ミーティングが終わるとサッサと自分の席に戻った課長代理を横目で睨みながら花井さんは子供の様に嫌々を繰り返している。
「嫌ですって言うなら自分も辞める事を考えるしかないんじゃないですか」
石橋くんはハアっと溜息をつきながら花井さんに言葉を投げかける。
「辞めるって決めるのは個人の自由ですよ。大病院の正社員、それってまあブランドみたいなものじゃないですか、ここの実態を知らない人が聞けば『わあ凄い』ってみんな言うくらい。それを辞めるって真剣に悩んで考えて出した結論でしょ、その人が考えて決めた事に対して俺達が出来る事は気持ちよく送り出す事ぐらいじゃないですか?」
石橋くんはそういうと、
「それに、此処にずっと居たって正社員っていうだけで他に何か得する事ありますか?俺は無いと思いますよ。女性って言うだけで見下されて嫌味言われるような職場ですよ?モモさんくらいの人ならもっと能力発揮出来るところで、スタッフを大事にしてくれる所で働くべきです。良いじゃないですか、此処で働いていたってブランドぶら下げて行くんですよ、新しい職場は大歓迎ですよ。そういう使い方してやりゃいいんです」
私に、みんなにそう言いサッサと仕事に戻った。
…うん、ありがとう石橋君。
そう言ってもらえて嬉しい。
夜になって安西くんにその話をするとクスクス笑いながらも同意していた。
「気持ち良いくらいハッキリ正論言ってくれたね、その彼」
「そうなの、誰も何も言い返せなかったみたい」
「そっか、じゃあとうこが辞めても残るスタッフはどうにかなるかな」
「多分大丈夫なんだろうね、同時期に課長も辞めちゃうから心配はあるけれどね、それは辞めて行く人間の勝手な思いであって、残るスタッフは正社員こそ減るけれど派遣さんやパートさんの中には能力の高い人も何人もいるものね」
そうだね、と安西くんが同意してくれたのを確認してから切り出した。
「在宅医療の方前向きに考えてみようと思うの」
「うん、良いと思うよ」
「受かるかどうかはわからないけれど、いろんな記事やナースさんやドクターの話も聞いて、私はその患者さんと直接関わる事はないけれども、それでも在宅に関われるのなら全力で頑張りたいって思った」
私の決意をしっかりと受け止めて貰えただけでも有難いのに、更には、
「俺も少しだけど在宅医療に関して本読んでみたよ、そこにとうこが進もうとしているのを誇りに思うよ、応援する」
そう力強く背中を押してくれる。
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