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5 疑惑
「連れの方ですよね。すいませんが、署までご同行願いたいのですが。詳しい話を聞かせていただけませんか」
警察手帳を見せながら、男の中の1人がそう言ったが、何が何やら訳がわからなかった。
幸はどうしたのだ?
死んだのか?
状況が全く飲み込めなかった。
ただ幸の横たわっている身体の冷たさを、そのまま感じているような気分だった。
もう1人の男が警察手帳を見せながら近づいてきて、
「ここに入ってから4時間以上経ってる。少々あの女の滞留時間にしては長すぎると思ってね。来てみたんだよ」
と言った。
男は、あの立ち食いそば屋の隅にいた初老の男だった。
刑事だったのか。
この男、あのそば屋で客に紛れて張り込み捜査をしていたのか?
「あんた、いつもあの店を見張ってた人だよね。だからよその署か、他の部署の刑事かと思ってたんだが…。探偵か何かかね?」
初老の男は、日々こちらが店の外で幸を見張っていたことも知っていた。
この刑事も店の中で見張っていたんだから、こちらの存在に気がつかないはずもないのだろうが。
「結局、あの女のただの客なのかね?探偵が調査対象の見張ってる女とこういうとこに一緒に入り込まないもんな。いずれにしてもこの状況だからね。あんたには詳しく話を聞かなきゃならないだろうね。まあ死亡事件だろうから、まずは捜査一課の仕事であって、生活安全課のこちらの仕事じゃないんだがね」
生活安全課か…この初老の刑事は、きっと幸の売春の証拠を掴もうと張り込んでいたのだろう。
刑事だとわかっても、とても刑事や警察関係者に見えない見た目故に、潜入捜査のような張り込みを続けていたんだろう。
あの立ち食いそば屋の客に最も似合う、いかにもこの近所の初老のおっさん風のルックスだから、きっと幸もあの店員もこの初老の男が刑事だとは未だに気がついていないだろう。
そのままパトカーに乗せられ、警察署の取り調べ室へ向かうことになった。
明らかに自分が事件の第一容疑者と思われていることがわかった。
まぁ状況からすれば、そうなるのも必然かもしれないなと思った。
取調室で、ラブホで最初に警察手帳を見せた赤沢という刑事が尋問してきた。
「つまりあんたは売春の客ということだよな。売る方も罪になるが、買った方も罪になるんだよ、こういうのは」
「は、はあ…」
「まあ、ここではそっちは管轄外だから、後でこってり取り調べてもらうとして、殺しの方は今きっちりここで話してもらうからな」
ほとんどこちらが殺したことが既に確定している口ぶりだ。
「いや、殺しなんて…やってませんよ。売春の客になった事は認めますが、何で会ったばかりの女を殺さなくてはいけないんですか?」
「会ったばっかりだと?とぼけてもらっては困るよ。あんたはすでに、何日か前からガイシャの女に付きまとっていて、いつも見張っていたらしいじゃないか。ストーカーか?ずっと尾行を続けてたんだろう?ストーカー殺人は今時珍しいことじゃないんだよ。じゃあ聞くが、何でガイシャの女を尾け回したりしていたんだ?」
まさか、島田幸が自分と同じエイリアンだと思い、その同胞意識から見張っていたとは言えまい。
そんなことを言えば、ふざけていると思われてさらに心証を悪くするだけだ。
「ネットで知ったんですよ。あのそば屋でOLのくせに売りをやってる女がいるって。それを確かめようと見張ってたんです。彼女が客をとってホテルに行くところを目撃したんで、それでお店に入って彼女に声を掛けたんです。商談成立したんでホテルへ一緒に行っただけで…それだけです」
「何が商談成立だよ!ただの犯罪行為だ。その後ホテルの部屋の中で揉めて殺したんじゃないのか?ガイシャの部屋からは盗聴器も見つかっているんだ。明らかにストーカー行為だ。付きまとわれて迷惑する彼女と揉めた挙句、殺してしまったんじゃないのか?」
盗聴器の話は初耳だった。
そんなもの仕掛けた覚えは全くないし、だいたい幸の家に入ったことすらない。
「そんなもの仕掛けてませんよ。ストーカーなんかやってませんし。自分はただの売春の客ですよ」
「だが、あんたと一緒にいた時に殺されていた。死体もあんたと一緒に入った部屋にあった。あんたはずっと前からガイシャを見張っていた。ただの売りの客とはとても思えんね」
幸がストーカーに付き纏われていたのかどうかはわからなかった。
自分は幸の全行動に張り付いていたわけではないが、少なくともあのそば屋に幸がいる時だけは張り付いていた。
仕事で張り込みをしていたあの初老の刑事を除いて、ストーカーらしき尾行者の影など感じた事はなかった。
いくら何でもストーカーがいたとしたら、そば屋に幸がいる時だけ、張り込みを刑事や自分に任せておいて、ほかっておくなんてことはしないだろう。
ひょっとしたら、幸が売りをやっていることを知っていて、自分や刑事の張り込みも知っていたから、警戒して近寄ってこなかったのかもしれないが、ストーカーとはそんな合理的な存在なのだろうか?
極めて理不尽な理由で付き纏っている者が、そんな不可思議な警戒行動を取るだろうか?
だいたい自分から幸の客になるのではないか?
まあ人による、というか、ストーカーによるのかもしれぬが、その辺の事はどうにも解せなかった。
しかし幸の部屋には盗聴器が仕掛けてあったらしいから、ストーカー的な存在が幸の周りにいた事は確かだ。
自分に対する容疑は中々晴れそうになかったが、やっていないものはやっていない。
ここは何とか、自らの手で潔白を証明するしかない。
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