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しばらくして、自分は証拠不十分で釈放されたが、刑事の監視の目が光っている事はわかっていた。
他に容疑者らしい存在がいないため、こちらを必要以上にマークしているのだ。
まあ彼らも仕事だ。
仕方ない。
お疲れ様といったところだ。
案の定、幸には身寄りが無かった。
遺体に会いに来る者はおらず、あの立ち食いそば屋のイカつい店主も、売春に手を貸していたのがバレたくないので、幸の遺体には会いに来なかった。
結局、自分が幸の遺骨を引き取ることになった。
ロクに物が入っていないカートも。
幸を殺した容疑で疑われている者が、旧知の友人でも恋人でもない上に、ただあのラブホテルで幸を"買っただけ"の存在なのに、幸の遺骨を引き取ることなんて、本当は出来なかったが、仕方なく、自分は元々幸の彼氏で、久々に会っていた存在、という警察側が考えた元彼ストーカー犯人説を引き受けてやったわけだ。
そうしないと幸は、無縁仏になってしまうからだ。
色々この遺骨の引き取りに関しては揉めたが、それでも、立喰いそば屋の店主が、自分を幸の元カレだと偽証してくれたおかげで、なんとか話がまとまった。
あの店主は警察には来なかったが、そう不人情な奴でもなかった。
自分の狭苦しいアパートの部屋に、幸の遺骨を置くと、訪ねてきて線香をあげた。
幸の名前、島谷幸というのは偽名だった。
そもそも彼女の戸籍が何処にあるのかわからず、本当は何処の誰なのかすらもわからなかったのだ。
そば屋の店主も、流れ者のように現れて、いつの間にか店の常連となり、売りをやるようになった幸の過去や素性を何も知らなかったが、いつも、自分は病から生まれたと言っていたらしい。
自宅マンションも、勤めていた会社が契約しているもので、幸は社員としてそこに住まわせてもらっていただけだった。
ただの薄っぺらい表層を、目立ちすぎず、地味すぎず、流れていただけの存在だった。
そんな骨も身もないクラゲのような薄い生き方を、幸は全くの自然体で行っていた。
まるで屈託のないその風情は、今考えれば異常なものだが、生きていた幸はまるでおかしくはなかったし、自然そのものだった。
全く普通の人生として、そういう生き方をしていたのだ。
世間の社会人が憧れている、自然体の生き方の見本のようだった。
勿論、世間の人間は、殺された売春婦の生き様が自分たちの憧れの生き方だとはまず認めないだろうが。
いずれにしても幸(仮名)を殺した者を突き止めなくてはならない。
警察がこっちを過度に疑ってるような方向を向いてしまっている以上、何とか自分で幸を殺した真犯人を突き止めたかった。
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