2 エイリアンと暮らし

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3年前に、自分のアパートには、確か別の女が住んでいた。 ブルーの石の指輪をした香。 ブランド物のバックが好きな女で、シャネルのバックを工場の労働から得た給料を貯めて買ってやると、犬より簡単になついてきた。 この単純さはエイリアンだと思った。 だが自分が古い小さなアパートの住民で、収入がそれほどない"カモ"に過ぎないことに嫌気がさしたらしく、数量的問題というかコストパフォーマンス的なアンバランスから、とっとと部屋を出て行った。 押し入れの金や小物は持っていかれたりしなかった。 まるで安物のマシーンのような単純さに好感を持っていたが、香はその後、資産家の愛人になった後、その愛人の大きな邸内の一室で、密室状態の中死体で発見された。 密室殺人事件の被害者になった香だったが、後に優秀な刑事のトリック解明によって、密室の謎は解かれ、犯人は資産家の妻であることが発覚した、 と新聞に書かれていた。 どうしても密室で死体となった時の香の姿が見たくて、警察の鑑識の部屋に潜り込み、厳重なロックを何とか解除して、殺人現場の香の死体の写真を見たら、それは、この女がこの世で最も美しく花開いている姿を映し撮ったものだった。 まるで事故死のように見えたが。 この女は、死体になった時、最も美しくなる。 かねてからのその確信は正しかった。 それでこの女を殺してみようかと思ったこともあったが、密室で殺された死体という、最高の形態を実現したのだから、あの時殺さなくてもよかったのだ、と了解した。 香は資産家の妻に、横溝正史の「本陣殺人事件」の密室殺人トリックまんまのパクリトリックで殺されていた。 妻が所持していた「本陣殺人事件」のトリック解明のページにアンダーラインが引かれていたことで、妻に殺人容疑がかけられたらしい。 その後、自白。 妻は不本意そうにしていたらしい。 優秀なお手柄刑事、と新聞やネットで賞賛された刑事は、ただ「本陣殺人事件」の中の金田一耕助の推理をそのまま喋っていただけだった。 だが妻はトリック解明箇所にアンダーラインを引いたことを否定した。 事件が起きた時、資産家の邸宅の周辺地域には琴の弦が張られていたらしいが、住民が誰一人気がつかなかったことの方が奇異に思えた。 妻は最寄り駅で密会している夫と香の姿を目撃したことで怒り、凶行に及んだらしい。 結局、香には身寄りがなかったので、自分が遺骨を引き取って小さな墓に入れた。 毎年墓参りにも行く。 この女はエイリアンではなく人間だが、地球上での立場はエイリアンの自分と大して変わらないのだから、まあ同類愛憐れむというやつだ。 先日、あの人間じゃないほどに美しいが何もない麗と偶然駅ですれ違った。 こちらの存在を認識していながら、案の定、完全無視で素通りして行ったが、どこかで、前に自分をエイリアンだと言いふらして馬鹿にされた恨みがまだ残っていたんだろう。 しばらくすると、ちらっと振り返って嫌な顔をしていた。 指にはシルバーの指輪をしていた。 いかにも何もない女だ。 だがその何もなさこそが、自分との接点なのだ。 そこが、麗との接点だ。 唯一の。 こういう女は一生この調子だ。 それでいい。 結婚しようが子供が生まれようが、何もない女だ。 だがそれで良い。 その何もなさこそが、この女の営みなのだ。 それを悪く言うことなどない。 誰も悪く言われる事は無い。 麗はキヨスクの女と少し話してから消えた。 何もない女は幾らでもいる。 よく見かける。 だがそれを悪く言う必要はない。 誰も悪く言われる事はない。 その後、ある別の女を見かけた。 駅の女は、たぶん、同じ星から来た女じゃないかと思った。 名札に氷川瞳とあった。 自分と同類じゃないかと思った。
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