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3 エイリアン探し
初めて見かけた時、瞳はキヨスクの売店で無駄なほどに笑顔を振りまいていたが、その佇まいが気になった。
売店の店員としては真面目に働いていたが、この女はその場所に"いない"なと思った。
その空空しい愛想笑いはこの世から浮いていたし、何も"思って"いなかった。
何も思っていない空白に、意味不明な哀しさがあったが、そんな事はどうでもいいような顔をしていた。
愛想笑いの裏には、何もない。
何も"思って"いない。
それが哀しかろうが、瞳はどうでもいい顔をし続けていた。
指の赤い石の指輪も、無表情に見えた。
「すいません、このミネラルウォーター1つ」
「はい、こちらですね。110円になります」
瞳はミネラルウォーターを渡す前に、こちらから硬貨を受け取り、無駄な愛想笑いを浮かべていたが、やはりそれはこの世から浮き、何処にも行き場のないものだった。
自分はひったくるようにミネラルウォーターを受け取ると、すぐさま早足でキヨスクを離れた。
全くたまたま急いでる時に立ち寄ったかのようなぶっきらぼうさで。
瞳は何も思っていない。
その思いの無さが、自分には心地よかった。
まるでただ軽快なだけのBGMのようだ。
"殺人的な"気持ちよさと言えばいいのか。
女の香りがした。
こんなに離れたのに、瞳の香りが不意にした。
無臭に近い香り。
なぜ香る?
ここは例の資産家の邸宅の最寄り駅だった。
待ち伏せしていたわけではなかったが、自分が駅から帰ろうとしていた時、仕事を終えた瞳がキヨスクの売店を閉めて出てきた。
そのまま何もない顔で歩いていた。
それを黙って見送った。
女の香りはまだ残っていた。
しかし夜の闇は途方もなく暗く、いつの間にか瞳の姿は消えていた。
暗闇に飲み込まれるように、瞳は何処へともなく消えてしまった。
もう何処にもいなくなってしまったかのように感じたが、何処かに生息しているはずだ。
この星に落ちてきて、もう何処へも行くことが出来ないはずだから。
自分がそうであるように。
この星を征服する、だのといった目的など、ハナからありはしない。
あの女もそうだろう。
目的など、この営みに初めから終わりまでありはしなかった。
ただこの星に落下してきただけだ。
あの女もきっとそうだ。
そのまま勝手に夜の街を彷徨歩いた。
すれ違う人々。
まだ店はやっていて、ネオンの灯が目に入ってくる。
あの女がどんな暮らし向きなのか、あんまり興味もなかったが、何処かに住んでいる様を妄想してみた。
随分背の高い女だった。
長い脚をジーンズにぴったり包んで、スタスタ歩いていく姿がフラッシュバックする。
そのまま何処かの高層マンションか、はたまたボロボロのアパートに住み込んで息をしているのかもしれん。
ただそれだけのことだ。
だからって何も変わりはしない。
誰かと似たような暮らしを、きっと繰り返しているだけなのだ。
それの何が悪い。
自分がとやかく言う話じゃないし、何も関係のないことだ。
だがまたそのうち、あの駅のキヨスクに出向くことになるだろう。
あの女は何も思わない気がする。
こちらも、何がどうしたいというわけじゃない。
ただ駅に行くだけだ。
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