3 エイリアン探し

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「何の用?」 「え?」 「何か用なの?って聞いてるの」 瞳はそう言うと、自分との距離を詰めてきたが、もう少しで触れそうなところで止まり、こちらに小さく微笑んだ。 大きな唇が笑みを作った。 美しい大きな目は不思議な色を湛えていた。 「別に。ここへ来たらあんたがいたってだけだよ」 「こんなとこに何の用事?」 「こういう廃屋が好きなんだよ」 「そう、趣味が合うわね」 瞳はそう言って微笑むと、さらに自分に近づき、こちらの背に長い腕を回した。 盛り上がった胸元がこちらに当たり、女はいきなり自分の唇を吸い始めた。 ねっとりと長い腕が身体に絡んできた。 次にはあの長い脚も絡んできた。 こちらも瞳の唇を吸ったが、やたらに甘い香りがした。 甘美と言うには濃すぎる甘さだ。 女はその後、後ろ手に手を回した。 自分は瞳の身体を支え、柔らかく密着し、張りついてくる肢体をまさぐった。 次の瞬間、 女の手が素早く動いた。 一瞬の間に、絡みついた瞳の肢体を蹴り上げ、密着した長い脚を外しながら、女のナイフを持った手を避けた。 女はニタニタ笑いながら、鋭利なナイフの先端を、こちらにものすごいスピードで振り下ろす。 こちらも素早く距離をとって、瞳に応戦する。 さっきの最初の一撃がこちらの腕を掠ったらしく、自分の右腕からは血が滴り落ちていた。 女の目は、まるで別人のように変色し、異常に渇いた眼差しをこちらに向けていた。 別人なんてレベルでは言い表せないほどの変貌ぶりだったが、自分はまさに"この女"に会いたかったのだ。 女はカマキリか触覚生物のような俊敏さで、研ぎ澄まされた肢体を、鋭利な刃物のように高速で動かした。 "この女"に会いたくて、ここまで来たのだ。 自分が会いたかったのは、"この女"だった。 高速で動き回り、こちらに鋭利なナイフを振り下ろしてくる瞳に、裏で連動するように、まるでこの無機質極まる廃屋が動いているように感じた。 "会いたかった女"に会うことは出来たが、 しかし瞳は、 結局ただの人間であった。 こうやって出会った男を殺し続けてきた女なのだろう。 人間の中にたまにいる、サイコパス人格の女というだけだ。 自分が会いたかったのは、"この女の本性"だったが、それは所詮人間の精神疾患だった。 だが。 女がこの廃屋で、孤独に夢想していたものは、自分が見ていた夢想と同じものだった。 瞳は何人も人を殺し、その殺す度に、廃屋のような無機質な夢を見ていた。 それを見たいがために人を殺し続けるのかもしれない。 暗闇に広がる、無人の廃墟。 その全てに、少しずつ月の光がサーチライトのように当たり、荘厳な暗黒美と、光のコントラストが見える。 女が見ている夢想もこれだった。 その荘厳な暗黒に桃源郷を見ていた。 自分と何も違いはしない。 お互い、それだけが救いなのだ。 そのことを確認するために、自分は"この女"に会いに来たのかもしれない。 瞳は自らの倍のスピードで動くこちらに舌打ちをしながらも、ギラギラと目を光らせていたが、しばらくすると高速で、この廃屋から消えてしまった。 この深夜、きっとどこかで、また血の雨が降るだろう。 そんな事は想像に難くない話だ。 廃屋から地上を見下ろすと、走っている瞳の姿が見えた。 小さく見えた。 ちょうど通りかかったトラックに声をかけられ、ヒッチハイクのように、女はトラックに乗り込んだ。 トラックはそのまま走り去ったが、運転手の死体が明日あたり発見されることだろう。 無数にナイフで刺された傷跡だらけの、血まみれの死体が。 女はこの星から逃れられない。 どこかで生息し続けるだろう。 だが、もうどこかへ消えてしまったような予感があった。 ギラギラした目でこちらを睨みつけながら、不敵な笑い声を上げていた瞳の顔は、まるで自分にそっくりだった。 どこか哀しい、無情な顔をしていた。 不意に、この暗闇の廃墟で瞳とダンスしたくなった。 だがそれももう叶わぬ夢だ。 あの女はもう、行ってしまった。 これからも人を殺す度に、自分と同じ夢想を見、それに包まれるのだろうか。 そんな気がした。 夜の闇に潜り込んで歩く。 廃屋を出て、ネオンライトもすぐにまばらになった道を歩いた。 不意に、また女の香りがした。 だが、もう会うことはないだろう。 結局本当の意味での接点などありはしなかったのだ。 あの女の精神疾患はもうどうにもならないだろう。 誰も救ってやることなど出来やしない。 だがどこかで、あの女は微笑を浮かべて生きているだろう。 あの廃屋のような寂れた場所かもしれないが、瞳の微笑がまた見たかったし、何処かで微笑んでいて欲しかった。
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