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4 出会い
その女は、ある時、ハードワークの仕事を終えた帰り道に現れた。
現れたといっても、道すがら、すれ違っただけだが、妙に感じるものがある女だった。
地味な目鼻立ちの、よくまとまっているがそのコンパクトにまとまった無表情が気になった。
たぶん自分と同類だ。
この直感もかなり怪しいものになってきているが、しかしこうした感覚で探し当てるしか方法がなかった。
相手は、自分もそうだが、人間そっくりにコーティングしている。
そんな中から、自分と同種のエイリアンを探し出すのはさすがに至難の業だった。
この女に目星をつけたのは、どこか向こう側からもサインを送ってきたような気がしたからだ。
プラチナの指輪をしていた。
気のせいと言えば気のせいかもしれないが、こうした小さな感覚を丹念に掘り下げていくしか術がなかった。
女はそのうちに、立ち食いそば屋に入り、天ぷらうどんを食べ始めた。
無駄のない動き。
よく似合っているパンツ姿。
髪はセミロングでさっぱりしている。
- [ ] 若草色のカーディガンが趣味の良い色合いで、全体的に爽やかな印象を与えるのに貢献している。
たまに横を向く時、店の外にいる自分にも、女の顔がチラリと見えたが、コンパクトで地味な顔立ちの割に、潤んだ目に妙に濡れた感じがあって、そこにだけ湿り気があり、顔全体のワンポイントになっていた。
基本的に無表情で淡々とした印象だが、眼差しのウェット感は少し目立った。
女が蕎麦屋から出てくると、少し身を隠し、素知らぬふりをして街を見渡した。
女はそのまま街路を歩き出して、すぐに自分との距離を広げた。
あまり近づきすぎないように、女の後を尾行した。
ただのストーカーと間違われる可能性もあったので、尾行する以外、余計な事はしなかった。
その後、電車に乗った女のすぐ後で、こちらも同じ電車に乗り込み、何とか女の住んでいるマンション前まで来た。
3階の302号室が女の部屋だった。
そのまま女の住まいだけを確認すると、とっとと立ち去った。
これ以上やる事は無い。
ただ目星をつけただけだった。
これからアプローチしていくこともあるかもしれないが、それほど慌てて行う必要も感じない。
たぶん気まぐれに女を尾行しただけだ。
マンションの郵便受けには、島谷幸と書かれていた。
その"島田幸、302"と書かれた郵便受けから、さっき女は届いている郵便物を取り出し、エレベーターで階上に昇っていった。
オートロックのない、やや年数を経ているマンションで、高級マンションという風でもない。
コーポと言ったほうがいいかもしれない。
なんてことのない暮らしをしてるんだなと思った。
目立ちすぎず、地味すぎず。
それがこの世の表層での、彼女の立ち位置なのだ。
それを(部外者) =エイリアンとして、この世で演じ続けることで、社会的存在足り得ているつもりなのだろう。
それはそれは見事に演じ切っていると思った。
この星の部外者の処世としては、申し分ないと思った。
自分のようなご同類がいなければ、彼女は誰にも知られることもなく、演じ切るであろう。
それで別に、偽りでも何でもない、まっとうな一人の"人間"の人生は完了する。
それでいいのだ。
自分が余計な存在に思えてくる。
余計な関与を彼女にすることなく、このまま近づかない方が、お互いのためだという気がした。
彼女には彼女の小さな幸福がある。
それはそれで成立するのだ。
自分が余計な粉をかける事は、迷惑以外の何物でもない。
そんな気持ちがどんどん高まり、いつの間にか、彼女のマンションから遠ざかっていた。
もう二度と来るまい、ここには。
そんな思いを強く持った…
表向きには。
あくまで表向きだ。
結局女々しく未練を大きく残した。
数日経っても、仕事をしている間、何か頭の片隅に、あの女のことが残っているのを認識せざるを得なかった。
この世で唯一のご同類…
そういう思いが、どうしても未練を誘発する。
関係ないと思おうとしても、どこかで覚えている自分がいる。
何かある度に、気がついたら彼女のことを考えている。
島谷幸という、取り立てて美人でもなければ、地味でも派手でもない女が、自分と同じ星から来た女じゃないかという妄想に近い思いに囚われ続けた。
こんなことを思い続けている奴は馬鹿だと、何度も自虐的な批判を自分に向けても、島谷幸に囚われたままの自分を認識せざるを得なかったが、その思いをわざと薄めて、再会を引き延ばそうとする気持ちもあった。
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