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結局、幸がよく通っている、あの小さな立ち食いそば屋を見張るようになってしまった。
こんなストーカーじみた真似はしたくなかったが、何度か見張っては、幸を発見し、そのまま帰っていく幸の背中を見送った。
尾行はしなかった。
ここで幸を、同じ星の生物とおぼしき女を、ただ目撃するだけでよかった。
いつまでこんなことを続けなくちゃいかんのか、とよく思った。
見張っては発見し、見送る。
自分は幸のボディーガードのようなものだと思うことにした。
そうすれば、くだらない罪悪感から逃れられるからだ。
実際には護衛してるわけでもなんでもなかったが、そう思うことにした。
だが状況が動いたのは、見張るー発見するー見送るの日々を繰り返して、1ヵ月が過ぎた頃だ。
その日もいつもと同じように、幸を見張っていたが、当初は毎度の同じパターンの繰り返しのつもりだった。
だがその日は違った。
そうはならなかった。
立ち食いそば屋で幸が酔っ払いの中年男に絡まれたからだ。
幸に何か言い寄り、幸は迷惑そうにしていたが、しばらくすると幸は中年男と共に店を出た。
二人で何処かへ行くようだ。
中年男のナンパに幸が応じたのか?
尾行する事はこれまで避けてきたが、幸に何か危害が及ぶ可能性もあることを考慮して、後を尾けることにした。
中年男と幸は、並んで路地裏の方へと歩いて行った。
中年男は妙にそわそわしている。
本来はボディーガードでも何でもないが、そのつもりもあったので、意識としては幸のボディーガードの気持ちでいた。
幸と中年男は路地裏の人気のないところまで、ただただ歩いていった。
小さなトンネル状の通路があり、その中に入った。
トンネル内が見通せるところで立ち止まって、そちらを監視した。
「先にいい?」
幸の声が聞こえた。
中年男に言ったのだろう。
男はうなずくと、内ポケットをまさぐり、財布を取り出した。
中から数枚の札を出すと、幸に渡した。
「すぐ近くにあるから」
幸はそう言うと、中年男より先にスタスタとトンネル状の通路を歩き始めた。
中年男もその後をついていく。
きな臭い感じがしたが、トンネル状の通路を抜けて反対側の通りに出た二人を尾行している間に、予感が当たっていることに気がついた。
案の定、通りの向こう側にはラブホテルがあり、二人はそこに入っていった。
要するにOLの援助交際、売りってやつだ。
きっとOL仕事の裏のアルバイトなのだろう。
ラブホに入る前に金を受け取っているやりとりからして、デリヘルだとかを通してやってるバイトでもないようだ。
しかし、幸から中年男に声をかけた様子は無かった。
中年男はこそこそと幸に話しかけ、ニヤついていたところを見ると、最初から幸が売りをやっていることを知っている様子だった。(ということになる)
つまりだ。
幸はあの立ち食いそば屋で客引きしている立ちんぼ=売春婦として、一部では知られている存在だったということではないか。
それか、出会い系の待ち合わせとして男を釣り上げて、簡単に言えば、金払うならヤラせてやるという交渉を、あの店の中で行ったのかもしれない。
しかし、どこか幸に裏切られた感じがしなかった。
そういう女なんじゃないか?
と薄々思っていた自分がいたことを、認めないわけにはいかなかった。
中年男はニヤつきながらもそわそわしていたが、幸に動じたところは全くなかったことからすると、手慣れた行いなのだろう。
まるで勝手知ったる我が家のようにラブホテルに入っていき、自然体の動きで売りをやっている風だった。
まぁ大概の売春婦はそんなところだ。
別に幸もご多分に漏れないというだけのことだろう。
これが幸の自然体の生活、生の営みなのだという風に見えた。
どこにも屈託などない。
後ろめたさなど微塵もない。
そこには自然体で生きる女の像しか感じられなかった。
自分は幸にエイリアンとしての同類意識を感じているだけだ。
だから幸が人間の男と乳繰り合おうが、別に知ったことではない。
それを金を取って売春婦として行っているにせよ、彼女の個人的なアルバイト以上には思わない。
次の日もあの立ち食いそば屋に、まるで刑事の張り込みのように張りついた。
幸は今日も同じような感じで、別に変わった様子は見られなかった。
そりゃそうだろう。
特別なことを昨日彼女がしたわけではないのだ。
幸にしてみれば、日常的な所作の一部を行ったに過ぎない。
翌日変わった様子を見せる方が、寧ろおかしいのだ。
だが、自分の方に変化が見られた。
もう少し幸に接近してみようと思ったのである。
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