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幸は見知らぬ男に話しかけられて、気持ち悪がったり、迷惑したりする女じゃないとわかった以上、もうちょっと距離を詰めてもいいんじゃないかと思った。
お互い、この星では部外者同士なのだ。(たぶん)
それならもうちょっと、相手に受け入れられる間口があるようなら、接近してみたいと思ったのだ。
何なら金を払って幸を"買ってもいい"と思った。
現実的には.ビジネスとして接近するのが一番近道に思えた。
見知らぬ者同士が、この星の中の、この国の共通通貨によって繋がる。
一番手っ取り早い方法だ。
その日、初めて、いつも張り込んでいる立ち食いそば屋の中に入った。
食券を買って、天ぷらそばの札を店員に渡す。
その後、すぐに中でそばを食べていた幸の横に陣取った。
客は、他に離れた店の隅に老人がいたが、しばらくすると帰っていった。
幸はゆっくりとそばを啜っていた。
天ぷらそばが到着し、自分もゆっくり食べようと思ったが、何故か麺の長さが怖い。
天ぷらは2匹入っていて、その1匹目を食べ終えた時、幸に話しかけようと思った。
「値段の割にこの天ぷらいけるな。そう思いません?」
それは本当のことだったが、話しかける口実である意味合いの方が大きかった。
幸がちらっとこちらを見たが、すぐにまたそばを啜り出し、その後、冷えたお茶を飲んだ。
他人の麺でも、何故か恐怖感を感じた。
「刑事さんでしょ」
幸はこちらを見ずに、そう言った。
「え?いやいや、ちがいますけど」
すぐに否定したが、
「嘘。だってこの店ずっと見張っているじゃない、毎日毎日」
「いや…そんなことは…」
自分の存在は既に気づかれていたのか。
どうやら店員にも刑事と思われていた
らしく、幸がそう言うと、こちらを胡散臭そうな目で見ているのがわかった。
「刑事じゃないですよ。この店いつか入ろうと思って、日々戸惑っていただけです。工場で働いています。契約社員ですけど」
そう言って、会社がくれた名刺を先に見せた。
会社名と工藤裕二という自分の名前が印刷されている。
幸は横目で名刺をチラリと見ていたが、どうやら本物の名刺らしいと認めたらしく、すぐにこちらを正面から見るようになった。
「この名刺は本物ね。だってこの会社の名刺に見たことあるから。でも立ち食いそば屋に入るのに子供じゃあるまいし、大の大人がそんなに戸惑うかしらね。何か他に理由があるんじゃないの?」
幸は、こちらを見透かしたような視線を送ってきたが、そのことの意味は了解できた。
一か八かでカマをかけた。
「ええ。実はその…ネットでここのそば屋の事…ていうか、あなたのことを知りまして…本当か嘘か確認に来たってわけで…」
幸は不敵に微笑むと、
「確認なら昨日、私を尾行して終わってるんじゃないの?」
と言った。
昨日後を尾けたこともバレているのか。
だが幸はこちらを面白そうに見て笑っていた。
売りの客だと認識したのだ。
「昨日はたまたまです。尾行したことは謝ります。でも確認出来たから声をかけた、というか、この店に入ってきたというのが正直なところです」
「ふふふ、用心深い人ね。まぁ、いいわ。そういう人の方が助かるわ。でもマジな名刺なんか私みたいな女にいちいち見せなくていいのよ。くだらないことで会社に電話されたりしたら大変でしょ。これからは、名刺なんか出したらだめよ」
幸は子供に言い聞かせるようにそう言ったが、目が笑っていた。
こちらに少しだけ安心感を抱いたようだ。
店の傍に置かれた小さなテレビでは、ニュース番組を放送していた。
山中で何カ所も刺された死体が見つかったというニュースが流れていた。
詳細はまだよくわかっていないようだが、凄惨な死体だったようだ。
「それで?この後でオーケーなの?」
幸はそばを啜り終えてそう言った。
その後、汁も飲み干した。
「はい。天ぷらそばが結構おいしいんで、全部食べてからでもいいですか?」
「いいわよ。確かにここの天ぷらは値段の割にイケてるわよ」
「そうですよね」
「ありがとうございます」
そこへ店主の中年男が割り込んで礼を言ってきた。
金髪のイカつい男だ。
「ああ、どうも。この天ぷらそばとてもおいしいです」
麺に対する恐怖感は誤魔化した。
幸はすると、さらに自分に近づいてきて、耳元に小声で囁いた。
「2枚で本番なし。3枚なら本番ありよ。勿論、ゴムを付けてもらうけど?」
実に簡単な営業トークだった。
「じゃぁ3枚で」
「了解。年が違うけど、まぁいいわ」
自分が天ぷらそばを食べ始めると、幸はその様子をチラッと見ながら、先に店を出た。
このままラブホへ直行する、あの道を行くのだろう。
結局、食べるふりだけして麺は捨てた。
少し追いかける形で、幸の姿を探していたら、未だ幸は、例によって、人気のないあのトンネル状の通路にいた。
周りの様子を確認してから、3枚の札を要求してきた。
財布からそそくさと3枚の札を出すと、幸に隠すように渡した。
その時、幸が大きなカートを引いていることに気づいた。
旅行用か?
幸は札の礼を言うと、そのまま通路を行き、その向こう側にあるラブホテルへと向かった。
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