第3話

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第3話

シュガー王がやって来たのは、翌日のお昼でした。 映像で見た通りの大男で、身長は私の倍以上あります。 「よくおいで下さいました。王様」 「お父様、お久しぶりです」 (うやうや)しくお辞儀する私とシロップを交互に眺め、シュガー王は大きく鼻を鳴らしました。 「ふんっ、挨拶(あいさつ)はいい!さっそく作ってもらおうか」 その言葉に、私とシロップは顔を見合わせました。 作戦については、すでに打ち合わせ済みです。 「ではこちらへ」 私はシュガー王を調理室へ案内しました。 「分かっていると思うが、作るのはシロップ一人だ。あなたが手や口を出すのは認めんからな」 王は部屋に入るなり、ピシャリと先手を打ちます。 「はい。承知しております」 私の返事を合図に、シロップが調理をスタートしました。 彼女の前には、四つのボールが並んでいました。 さらにその前には、の入った小さな容器が置かれています。 シロップは深呼吸をした後、「よし」と頷くと各ボールに卵を割り入れました。 黄身が入らないよう注意しながら、卵白だけを入れます。 次に泡立て器を四本の手に持つと、一斉にし始めました。 見た目にも、力加減にムラの無い見事な泡立て方です。 「一つめ」 シロップが小さく呟きました。 一番左手のボールに、その前にある容器の粉を入れ、再びシェイクに戻ります。 「二つめ」 しばらくして、今度はその隣のボールにやはり容器の粉を入れシェイクします。 同じ手順で、全てのボールに一定間隔で粉が入れられました。 数分の後、シロップは「よし」と呟き一斉に手を止めました。 よく見ると、どのボールにも白いクリーム状のものができています。 シロップはスプーンでそれらをすくうと、小さなお皿に盛り付け、シュガー王の元に運んできました。 「なんじゃ、これは?」 「です」 シロップが、満足そうな声で返事をします。 「そんなことは分かっておる。こんなもの作ったと言えるのか。ただかき回しただけじゃないか」 その言葉を聞いて、私は軽く頭を下げて言いました。 「お言葉ですが王様、実はそれほど簡単なものではないのです……とにかく、一口召し上がってみてください」 私の言葉に、シュガー王は渋々スプーンを口に運びました。 「これは……なんと……うまい!」 瞬く間に、仏頂面が崩れていきます。 そして、不思議そうに私の顔を眺めました。 「王様が言われるように、メレンゲとは卵白に砂糖を入れて泡立てたものです。それ以外に材料も加えませんし、混ぜる以外の作業も行いません。でも……工夫次第で、とても美味しいお菓子に変えることができるのです」 私は、王様の顔を見返しながら説明を始めました。 「材料も作り方も同じ。では、どんな工夫をしたのか……それはです。これを変えることにより、ことができるのです」 私は調理台の小さな容器を取り上げました。 先程の白い粉はでした。 「泡立てる初期に砂糖を加えれば、砂糖が卵白の水分を十分に吸い、シロップ状のしっかりしたメレンゲになります。また、泡立てる中盤から後半に加えれば、きめが粗く軽い食感のメレンゲになります。お嬢さんは……シロップは、その四本の腕を使って、四つのメレンゲを同時に泡立てました。記憶力の良い彼女の中には正確な体内時計があります。泡立て開始から時間が経つごとに、各ボールに容器の砂糖を放り込んでいきました。そして」 私の言葉に、シュガー王はメレンゲからシロップの方へ目を向けました。 「泡立てる時間や、砂糖を入れるタイミングが正確なほど、美味しくなります。そして四つの異なった食感を合わせることで、味に程良いハーモニーが生まれます。それはもはや、手間暇かけたお菓子にも引けを取らない立派なスイーツなのです」 王の娘を見る目の輝きが、少し変化したのが分かりました。 「いかに私でも、こんな短時間でこれ程バランスよく作ることはできません。多肢族の彼女だから……シロップだからできたのです」 私は構わず続けました。 「実は昨日、祖父のレシピノートを読み漁っている時、こんな一節を見つけました」 私はシュガー王に笑いかけながら、懐から手帳を取り出しました。 「菓子職人に最も必要なものは、レパートリーの広さでも、卓越した技量でもない。では、何か……それは、一つでも美味しいものを作ろうとする情熱だ。喜んでもらいたいと願う心なのだ……と」 その言葉に、王の太い眉がつり上がりました。 「王様……あなたの娘さんは正真正銘の職人(パティシエ)です!」 憤怒の形相と化したシュガー王の顔が、見る見る赤く染まりました。 わなわなと両肩も震えています。 怒らせたかな…… ドンっ! 覚悟を決めて目をつぶる私の肩を、大きな手が掴みました。 恐る恐る開いた目の先に、満面の笑みを浮かべた王の顔がありました。 「ぐわっハハハ!」 高笑いが、あたりに響き渡ります。 「わしの負けだぞい、職人(パティシエ)殿!シロップの奴、どうりで戻って来ないわけだ」 そう言って、王は今度は私の両肩に手を置きました。 「こやつのこと……頼みましたぞ」 意味深なウィンクをした後、シュガー王はシロップの方に向き直りました。 「ではわしは帰るとするか。シロップ、くれぐれも職人(パティシエ)殿を手離すでないぞ……さらばじゃ!」 訳の分からない台詞(せりふ)を残し、シュガー王は颯爽(さっそう)と帰って行きました。 「お父様……ありがとう……」 その後ろ姿を見ながら、シロップの目から涙がこぼれ落ちます。 私は言葉をかけようか悩みましたが、そっとしておくことにしました。 「分かりました、お父様……お言葉に従います!」 先に部屋へ戻ろうとする私の背後で、突然シロップの嬉しそうな声が(はじ)けました。 (あわ)てて振り向いた目の前に、が迫ってきました。 「マスター、大好きデスっ!」 そう言って飛びつくと、胸を私の顔に押しつけます。 「ば、ばか、離れろ!あ……当たってるから……」 すでに私の言葉など聞いていません。 「絶対、離れません!お父様のお言い付け通り、♡」 「……いや待て、そういうのは手順を踏んでだな……て言うか……とにかく……今は……離れて……」 全く、どこまでも困った助手です。 私の名は千夜狐零人(チヨコ レイト)── 人は私の事を『さすらいの異世界職人(ワールドパティシエ)』と呼びま…… うわっ、だからやめろって!!!
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