第2話

1/1
前へ
/3ページ
次へ

第2話

これは難題でした…… 師匠の私が言うのも何ですが、はっきり言ってシロップの菓子作りの腕は素人以下です。 この一年間色々教えてはいるのですが、いまだにマスターしたレシピはありません。 生来のセンスの無さに、驚くほどの不器用さが障害となっているのです。 もう少し時間があれば、簡単なレシピを叩き込むところなのですが…… 明日では、とても間に合いません。 何か手を考えなくては…… 「シロップ、お父さんの好物は何だい?」 調理室で、顔を突き合わせながら質問しました。 「甘いものなら何でも好きです」 不安そうな表情で、シロップが答えます。 「甘いものか……スイーツで比較的簡単なのはクリームかな。ケーキやクッキーは、材料の練り加減や焼き加減が難しいから……」 「クリーム……アイスクリームですか?」 「そ。アイスクリームの基本レシピは、牛乳・砂糖・卵黄・生クリームを混ぜ合わせ冷やせばできる。配分さえ間違えなければ、いたって簡単だ。これなら君でもいけるんじゃないかな……シンプル・イズ・ベストだ」 「シングル……ベッド?私はマスターとなら、でもウェルカムです!」 「いや、やめなさい……今はツッコむ時間も惜しいから」 うるんだ目で見つめるシロップを無視し、私は調理器具に手を伸ばしました。 「時間がない。さあ、特訓を始めるぞ!」 ********* それから何時間か費やして作り方を教えたのですが、これが全く上手くいきません。 各材料の配分を何度やっても間違えてしまい、あげくには砂糖と塩まで間違う始末でした。 記憶力の優秀な多肢族ですので頭には入っているのですが、いざ本番となると焦ってごちゃ混ぜになってしまうのです。 彼女にとっては、このレシピでもまだ複雑なのでしょうか…… 「マスター、すみません……」 精力を使い果たし倒れている私に、シロップが謝ります。 目には、いっぱい涙が溜まってました。 「やはりお父様の言った通り、私には無理だったようです……」 「え!?」 いつもと違う口調に、私は飛び起きました。 「私、決めました……素直に国に戻ります」  「だ、ダメだよっ、そんなの!」 気付くと、私は叫びながら彼女の手を掴んでいました。 「……マスター!?」 シロップの驚いた顔を見て、私は慌てて手を離しました。 「いや、その……なんだ……まだ(あきら)めるのは早いんじゃないかな。その……国に戻っても、君の好きな相手と結婚できるとは限らないし……とんでもないブサイクかもしれないし……そうなると、できた子どもが不憫(ふびん)だし……あれ、何言ってんだ僕は??」 あたふたしながら言い訳する私を見て、シロップがぷっと吹き出しました。 「ありがとう。マスター……」 その笑顔に、私の口元も自然と緩みます。 それから二人で、ひとしきり笑いました。 「でも、一体どうすればいいのでしょう……」 心配顔に戻ったシロップの前で、私は懐から小さな手帳を取り出しました。 「とにかく何かヒントがないか、こいつとにらめっこしてみるよ」 それは、我が祖父・千夜狐民斗(チヨコ ミント)の遺した『ミンくんのグルメガイド』でした。 生前世界をまわり、ありとあらゆる食べ物の作り方を記した究極のレシピノート── 困った時に頼りになる、まさに『伝家の宝刀』なのです。 「よしっ、今夜は徹夜で頑張るぞ!シロップ」 私が声をかけると、シロップの目が嬉しそうに輝きました。 「そんな……、なんて……ウフっ♡」 「いや、なんか違うし!?ウフってなんだ、ウフって……」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加