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第1話
私の名は千夜狐零人──
人は私の事を『さすらいの異世界職人』と呼びます。
あちこちの異世界を旅しては、色々な菓子作りに挑戦しています。
実は今、ちょっと気になることがあります。
今朝からシロップの様子がおかしいのです。
シロップとは四本腕の多肢族の娘で、私の助手です。
いつもの《マスター、味見をお願いします》攻撃もなく、朝から部屋にこもりっきりなのです。
おかげで変なレシピを食べずに済んでますが、それはそれで心配です。
そこで、少し強引に尋ねてみることにしました。
「シロップ、僕たち長い付き合いだよね」
「イエス、マスター……」
「しかも君は僕の助手だよね」
「イエス、マスター……」
「僕としては、その……隠し事はせずに話して欲しいんだけど」
「……分かりました」
意外に素直な返事が返ってきたかと思えば、おもむろに服を脱ぎ始めました。
「なっ、なんだ急に!?」
「すみません。胸の下に、ホクロが三つもあることを隠してました」
「いや、僕が言ってるのはそれじゃなくて……」
「では、お尻にある二つの方でしょうか」
「いやいや、だからそういうことじゃなくて……」
下着まで脱ぎだした助手を押しとどめ、なんとか椅子に座らせました。
「最近様子がおかしいから……なんか悩み事があるんだろう?力になるから言ってみなよ」
シロップは涙ぐみながら頷くと、静かに目を閉じました。
私の脳裏に映像が映し出されます。
多肢族は、自分の思考を思念波として送ることが出来るのです。
映像には、三メートルはあろうかという四本腕の大男が映っていました。
【シロップよ、約束の期限はとうに過ぎておるぞ。いまだ、お前からは何の連絡もない】
「……私の父です」
ぽつりとシロップがつぶやきます。
【分かっているだろうな。約束が果たせなかった時には、わしのいう事をきいてもらうぞい】
威厳に満ちたその口調は、有無を言わさぬものでした。
【明日、そちらに出向いて確認させてもらう。わしの目の前で作れなかったら、そこで終わりだからな】
映像はそこで途切れました。
「約束って……?」
暗く沈むシロップに尋ねます。
「一年前に父とかわした約束です……」
少し間をおいてから、ぽつぽつと語り始めました。
「マスターが以前、私たちの国でお菓子を作られた時の事です。そのお菓子を食べて、私はとても感動したのです。すごく美味しくて、幸せな気持ちになって……一度でいいから、私もこんなものを作ってみたいと思いました。それで父に、マスターに弟子入りしたいとお願いしたのです。でも、猛反対されて……お前みたいな不器用な奴に、お菓子など作れるはずがないと……」
「お父さんて、市場の人なの?」
「いえ、国王です。シュガー王と言います」
「えっ!?じゃあ君って、あの国の王女様だったの?」
私は驚いて、つい叫んでしまいました。
確かに一度、多肢族の国を訪れた事はありました。
市場の人に特産物の事を色々教えてもらい、お礼にお菓子を作って振る舞ったのです。
ほんの僅かの滞在だったので、王族の方と謁見することも無かったのですが……
まさかそのお菓子を、シロップも食していたとは思いませんでした。
その後シロップがばたばたと押しかけてきて、否応無しに助手として居着いてしまったのです。
今の今まで、普通の多肢族の娘さんだと思っていました。
「それでも懲りずに何度も嘆願するので、とうとう父はある条件を提示しました。期限は一年間で、その間に一人前の菓子職人になっていなければ、国に戻って父の言う事をきくと……」
「お父さんの言う事って?」
その問いに、シロップはすぐには答えられませんでした。
目から溢れ出る涙で、言葉が詰まったからです。
「国に戻って……村の男と結婚して子を作れと……」
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