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朝食を終えた後でのんびりとした口調で翠が言う。秀治はそれを黙って聞いていた。
「本当さ。僕は嘘を言わない」
昨夜の話を思い出して気分が重くなる。このまま帰されても降谷にどんな顔をしていいかわからない。
「さぁ乗って」
昨夜とは違う運転手が車を走らせてきた。二時間かけて都内の寮に戻る。翠は用は済んだと言わんばかりに満足げに笑った。
「じゃあ蓮によろしく。お兄ちゃんが心配してたと伝えてね」
走り去っていく車を視界の隅に留め、自分の部屋に戻る。シャワーを浴びてぐるぐると頭を渦巻く翠の言葉に揺さぶられる。
「蓮……」
スマホに映る電話番号と対峙して愛しい人の名前を呼ぶ。あんな話聞きたくなかった。でも、恋人ならそういう過去の話もしなければならないのだろうか。
お昼を過ぎた頃降谷から電話がきた。ハーブティーを飲んでいた秀治は慌てて画面をタップする。声に力が入らないのをなんとか踏ん張っていつものように返事をする。
「もしもし……」
「秀治。元気か」
名前を呼ばれただけで胸が苦しくなる。うん、と呟くとしばらく降谷は黙り込んだ。その間がいつもと違って苦しくて秀治は胸を押さえる。
「何かあったんだな」
この男にはなんでもお見通しらしい。黙っていると、ふぅと向こうが息をつくのが聞こえてきた。
「今日は体調が悪いとでも言ってダグに休ませてもらえ。これから迎えにいく」
宣言通りものの十五分もしないで降谷が寮の前に車でやってきた。秀治はふらふらとした足取りで助手席に向かう。それを見ていた降谷が額に手を当ててきた。
「熱はなさそうだな。だが顔色が悪い」
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