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「蓮でいい」
「え?」
「さん付けじゃなくていい」
「……わかった」
降谷は缶コーヒーを傾けながら頬杖をつく。俺は今どんな顔をしているのだろう。毎朝鏡で見る仏頂面だろうか。それとも仕事中の真面目な顔だろうか。あるいは、腑抜けた顔だろうか。
「そんなに見るなよ」
「なにか都合でも悪いのか」
「そういうんじゃなくて、その……恥ずかしい」
「勝手に恥ずかしがってろ。俺は気にしない」
「そういう問題じゃないだろ」
言葉のキャッチボールが上手くなったと自分でも思う。こいつに振り回されているうちに勝手に口数が増えるようになっていた。秀治はごみを片付けてからテレビの前の大きなソファに腰掛けた。足を伸ばして深く沈み込んでいる。なんとなくそばに寄りたくなって近づくと、秀治はびくりと体を震わせた。
「なんだよ」
「理由がなきゃだめなのか」
「いつも無言だから何考えてるかわかんねえよ」
「じゃああらかじめ言えばいいんだな」
「……もういい。おまえと話すと疲れる」
両手で顔を覆いながら秀治はため息を一つこぼす。すぐ触れる距離に座った。ただこいつの隣は居心地がいいと感じる。唯一俺の心をかき乱し取り乱させる男。それがこのちんちくりんだというのに納得できないときもあるが、もう仕方がない。俺が勝手に惚れたせいだと理由づける。
「秀治」
「なんだよ」
「こっち向け」
「……」
秀治が振り向いた瞬間に軽く唇を奪う。柔らかい果実のような濡れた唇を吸って、離した。
「寝るぞ」
秀治は放心したように動かない。勝手についてくると考えて先に寝室に向かった。ほどなくしてばたばたと忙しない足音が聞こえてくるのを少し嬉しく思う自分がいた。
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