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「騙されてるってなんだよ」
食い気味に迫ると翠はひらひらと両手を宙で振った。
「米軍として蓮がどんなことをしてきたのかまでは知らないんでしょ?」
嫌な言い方をする。秀治は自然と身構えていた。
「あいつもう何人殺したかわからないくらいに精一杯お勤めを果たしたんだよ。毎晩悪夢にうなされるくらいにね」
鈍器で後頭部を殴られたような衝撃だった。降谷が殺した? たくさんの人を?
「その顔はやっぱり知らなかったんだね。まぁ、言えるわけないか。恋人にそんなこと」
「そんなの本当かどうかわからない」
声を振り絞って反抗するも前髪を勢いよく掴まれる。きりきりと前頭部が痛む。
「嘘を言っても僕に得はないでしょう? やっぱり君は馬鹿な子だね」
「蓮が気にいるわけだ」と小さく呟いたのを秀治は聞き漏らさなかった。翠に暴かれた降谷の過去を受け止めきれない自分がいた。時がゆっくりと進むように秀治は言葉を失う。
降谷は優しい人間ではないかもしれない。しかし、他人の命を奪うような悪人ではないはずだ。そんなことできるような奴じゃない。
ふるふると首を振って翠の言葉を打ち消そうとすると、秀治の肩に翠の手が触れた。びくりと震えて顔を上げる。
「それにあいつは一度戦地で犯されてる。集団レイプってやつだよ。戦地じゃ珍しい話でもない」
思い切り頭を殴られたようだった。そんなの知らない。そんな降谷を秀治は知らない。あんなに強い人がそんなことされるわけがない。
「力ではね、敵わないこともあるんだよ」
「……」
秀治は絶句して今の言葉を反芻した。嘘だ。ありえない。降谷がそんなことをされたなんて。
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