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「捨て身の苦肉の策だったらしいけどね」
弟の不幸を笑顔で語る翠のことが急に怖くなった。がくがくと足が震え出す。
「僕はそんな蓮のことを理解してやれる。けど君はどう? 蓮の過去を知っても今まで通り好きでいられる?」
心の中でその言葉を何度も繰り返す。しかし、あまりの衝撃的な事実に言葉が出てこない。
「ゆっくり考えるといいよ。君が蓮を受け入れられるかをね」
そう言い捨てると翠は二階に上がっていってしまう。秀治はその場から動けないでいた。今すぐにでも真偽を降谷に問いたい。しかし、触れられたくない過去を聞くのはどうなのだろう。自分だって過去のことを降谷に伝えたことはない。母から受けた傷が今頃になってじくじくと痛み出す。気づけば自分の体を強く抱きしめていた。呼吸が浅くなって息がしにくくなる。そのまま床に突っ伏して冷たいフローリングに頬を乗せた。こんなふうだった。あのときも、こんなふうに床に倒れて母を眺めていたっけ。
翠の声で目が覚めた。昨日はそのまま床で寝てしまったらしい。
「おはよう。よく眠れた?」
バスローブにモーニングティーを片手に優雅にダイニングテーブルにつく翠をぼんやりと眺めていた。ぎしぎしと痛む体を押さえてゆっくりと立ち上がる。何も飲み食いしていなかったからか胃がきりきりと痛んだ。
「あまりものでよければ食べれば?」
そう言うと、バナナとシリアルの入ったボウルを渡される。スプーンをもぎ取ってがっつくと、翠にくすりと笑われた。
「今日家に帰してあげるから安心して」
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