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「出て来ていいですよ奥さん。いや、えぇと、元奥さん」
警官は交番の奥に向かって声をかけた。
奥の部屋から、いや、正式に言えば、扉を開いて部屋のように見せているキャンピングカーの中から、50代のがっしりしたおじさんと二人の女性が顔を出した。
「去年よりも10分早かったわ。でも、まだまだ手際が悪いわね」
怯えている若い女性を守るように抱きかかえながら、壮年の女性が口を開いた。
「親父と比べないでよ。俺まだ始めて3年よ?」
たたんだ机をついたてがわりに警官の制服を脱ぎ、青年は素早くジャージに着替える。
「あ~きつかったぁ。俺やっぱネクタイとワイシャツだめだわ」
「ごめんなさいね。主人が生きていたらとっくに成仏させてあげられたと思うんだけど、いかんせん息子まだ新米だから」
「いいえ、皆さん。今回も、本当にありがとうございました」
落ち着いたのか、女性はほんの少し微笑んで礼を言った。
「若さん。すんませんがこれバラすの手伝ってください。これ以上濡れると看板も俺達も風邪ひいちまう」
「あいよ! 母ちゃんたちはそのまま乗って待っててよ」
若さんと呼ばれた青年は、すぐに「○○派出所」と書かれた看板や壁を外していく。
「私も何かお手伝いを」
「大丈夫大丈夫。中に戻って待ってましょう」
「おし! おっさん、これで全部だ」
「じゃ、車出しますよ?」
4人が去った後、その場所には何も無かった。
「あの人はいつ気づくんでしょう‥‥‥」
「もうすぐだと思うわ」
男は三年前に死んでいる。
妻だったこの女性に去られて三日後、自宅で転び後頭部を強打した。
いらだって床を踏み鳴らし、買ってきたコンビニの袋で足を滑らせたらしい。
男は未だに気づいておらず、自宅だったところに留まっている。
パソコンも携帯も当然止まり、けっして壊れたわけではなく、
会社側も彼を解雇したわけではなくて‥‥‥。
死んだ男のナンバーから何度も着信を受け、肝を冷やした会社からの連絡で、女性は元夫が自分を探し続けていることを知った。
若さんとは、二十歳を超えたお寺の跡取り息子のことを言う。
5年前に病気で他界した彼の父は、寺の住職をする傍らこの様な『人ならざるもの』を救い、あるいは浄化することを行っていた。
そして青年は幸運(?)にも、その才をしっかりと受け継いでいたのである。
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