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「そう言えば昨日変な夢見てさ~…っとあぶねえ、試合終わってから話すわ。」
日課の昼配信をしながら、田村はリスナーにそう話しかける。朝、シャワーを浴びてから、昨日届いたメールをもう一度開け、恐る恐るURLをクリックしたが「ページが存在しません」と出るだけだった。
――やっぱり夢だったか。
田村は内心ほっとし、昨日の出来事は夢だったと結論付けた。そうなると話は早い。田村は、配信中の話のネタとしてその夢を持ちだすことにした。
試合が終わり、コメント欄に「どんな夢だったの?」「夢の話して!」と流れたことで話が戻る。
「あーそうそう夢の話してたな。その夢の内容なんだけど、――――っつ…!?」
突然、無音が訪れる。いや、実際には、田村は口を動かしていたが、それが音になって外に発されることがなかった。
――これ昨日の―――
田村はその感覚に見覚えがあった。昨日、まさに体験したものだったのだ。話そうとしても出ていくのは空気のみ。田村の背中に冷汗が流れる。夢だったと結論付けたものが一気に崩れ去っていった。
―――やばい、配信が…
田村は、とりあえず、急に無音になってざわついているだろう配信をどうにかすべく画面に目線を移す。
しかし、そこに映ったのは配信画面でなく、真っ暗な画面とそこに浮かぶ文字だった。
『警告
契約違反が発見されました。ペナルティ1を実行します。
「End Leben」』
簡素な文章。ペナルティ1が、この声が出ないことを指しているのだと気付くのにそう時間はかからなかった。1と書かれているということは段階を踏んでペナルティがあることも。
しかし、契約違反という言葉が引っ掛かる。おそらくタイミング的に、契約違反とは、昨日の夢、いや現実の話をすることだろう。しかし、田村は契約を交わした覚えがなかった。そのため、何が契約違反に当たるのかが分からない。
そうこう考えているうちに、警告画面が薄くなっていく。ペナルティが終わるのだろうか、時計を見るとおよそ3分経っていた。完全に画面が消え配信画面が出てきた、と同時に喉につっかえていた何かが取れるような感覚がした。
「……あーあー………」
いったんミュートにして、声を確かめる。やはり、ペナルティは終わったようだった。
配信のコメント欄は「シノくんが消えた!?」「神隠し!?」「大丈夫!?」など、予想はしてたものの、やはり大変なことになっていた。
「あ、みんな聞こえる??…あーよかった、いや、急にマイクの調子が悪くなってさ、音全然入らなくなったからすごい焦ったわ。心配かけてごめんね?」
とりあえず、当たり障りのない理由をつけて配信に戻る。シノが戻ったことでコメント欄も「うわーーーよかったーー」「生きてたーー!」など心配から安堵のコメントで埋まる。
このまま、夢の話も忘れてくれないかな、と田村は願うがそんなにうまくはいかない。安堵のコメントが一通り流れると、次は「夢の話めっちゃ気になる」など、話の続きを望む声が多数流れる。しかし、田村としてもペナルティがかかっている。次はどうなるかわからない。田村は、「あー夢の話なんだけど、さっき焦りすぎてないよう忘れたわ~」と苦しい言い訳を連ね、話を切り上げる選択を取った。
結局そのあと、ゲームをするも頭は例のことでいっぱいで集中できるはずもなく、「ごめん!なんか今日調子悪いわ!また明日の昼に配信するから今日は終わります!ばいばい!」と早々に切り上げ、ソファーに沈み込む。
配信中の出来事、あれはまぎれもなく現実だった。田村はもう夢だと思い込むことをあきらめ、ゆっくりと消化していく。契約にペナルティ、どこに危険が潜んでいるかわからず、辟易する。
―――寝よう。
一番いいのは考えないことだ。そう考え、田村は移動することなくそのまま目を閉じた。
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