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「あたしの方こそ、ごめん。ソノコのこと、殴り殺したりして」
元ルームメイトの姿が無数の白い光の粒となり、砂が風に流されるように空気に溶けて消えていくのを、あたしは静かに見守った。
あたしの最後の言葉は、ソノコに届いただろうか。それを確かめる術はもうない。ソノコはようやく、この2DKから旅立ったのだ。
ソノコから首を絞められたあの時、苦しさにもがくあたしの右手に触れたのは、ベッドサイドに置いたマグカップだった。ソノコとお揃いで買った、花柄の大ぶりなマグカップ。
無我夢中でマグカップを掴んで振り回すと、重い衝撃が右手に伝わった後、ふっと呼吸が楽になった。
見ると、あたしの体の上で、ソノコが手で頭を押さえてうずくまっていた。うずくまるソノコの頭に、あたしはマグカップを打ちつけた。何度も、何度も。ソノコは動かなくなり、お揃いのマグカップは砕け散った。
あたしは警察に逮捕され、殺人罪で起訴された。
あの雅也という男が多くの就活生に手を出していたことは、裁判の中で知った。そのことで会社をクビになったそうだけど、その後の消息は知らない。
三年もの時間をかけた裁判では正当防衛を主張したけれど、過剰防衛しか認められず、あたしは懲役五年の判決を受けた。
刑務所で五年の月日を過ごし、出所したその足で、あたしはソノコと暮らしたアパートにやってきた。お節介な人というのはどこにでもいるもので、あのアパートに女の幽霊が出るということは、ずいぶんと前からあたしの耳に入ってきていた。
ソノコだと、すぐにわかった。成仏できずに、あの2DKに縛られているのだと。
ならばあたしは会いに行く義務があると、そう思った。
ソノコのためにも、あたし自身のためにも。
自己満足だということは、わかっている。
生きている限りこの後悔が消えることはないだろうということも。
「それでも前に進むよ、あたしも」
応える者はいない。
あたしは2DKの部屋を出て、静かに扉を閉めた。
〈了〉
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