終章 一

5/5
前へ
/188ページ
次へ
 私は剣をそっと長椅子の上に置き、 「人前に出る際に腕を出すこともあるでしょうけれど、ご心配には及びません。わたくしの侍女はメイクの達人ですから、このくらいの傷、きれいに隠してくれますわ。――では、これで合意ということで」  もう一度エルジナの正面に回って、顔を覗き込む。 「よろしいでしょうか?」  エルジナはいよいよ鬱陶しそうに体ごと横を向いてしまった。  しばらく不機嫌そうに黙り込んだ後、 「……好きにしろ」  その言葉が聞けて満足したので、私はにっこり笑って丁寧にお辞儀をした。 「それでは失礼させていただきます」  踵を返して、扉の前まで進むと、 「デミルカ」  エルジナが呼び止める。  まだ何かあるのかしら、と思って振り向いたら、エルジナはこちらに軽く視線を流しながら言った。 「……すまなかった」   「いったい何なのかしら、エルジナのあの色気は」  部屋に戻ってリラを呼び、エルジナが最後に見せたあの表情について訴える。 「流し目で謝る人なんて初めて見たわ。どういう心境ならそうなるの!? 意味がわからないわ」 「たしかに珍しいですね」 「リラ、貴女はエルジナに近づいちゃだめよ。あんな顔を見たらきっと好きになるに決まってる。あれは悪い男よ」 「はあ、そうですか。普段お見かけする感じからは、あまり想像できませんが……。もしかして」 「何?」 「いえ、余計なことは言わないでおきますわ」  リラはすっかり口をつぐんでしまった。  アレンがいたら何か聞けるかもしれないのに、こういう時に臆せず自由に発言してくれる人がいないのは、本当にもどかしい。  
/188ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2485人が本棚に入れています
本棚に追加