僕が自殺に至るまでの話

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 死者の記憶が視界に流れ込んでくる。  どこかの一軒家、和室の畳。蝉時雨が駆け込んでくる。  視界が揺れた。細くなった膝が畳を突く。  節くれだった指が、ダイヤルを回す。1、7、A、5、D……、 「最後は──S、ですね」  すぐに自分の体で暗証番号を伝える。バッグか何かを漁る音がして、クライアントの声が曇る。どうやら電話をしているらしい。  僕は舌を叩きそうになった。物探しが依頼の際、失くしものの在りかを伝えると、どの人も真っ先に電話を掛ける。それでダイブを終えていいかも言わないままに。  彼らが終了を許可するまで、僕はダイブを辞めることができない。見なくてもいい人の死が、視界一杯に押し寄せる。 『救きゅ、しゃ……ッ』  今もこうして、生者がのうのうと欲を満たす間に、死者は二度目の死を迎える。  すでに本人は死んでいる。感覚もない。だが、それでも。記憶の中で何度も死を繰り返させる生者を、倫理では無思慮と言う。  生者の私利私欲に故人の人権は無視される。人の思念に対する研究が進んだ結果がこれでは、人もいよいよ救いようがない。 「金庫空きました! もう大丈夫です~」  見えない所で苦しんでいる人間なんて、まるで端から存在しないかのように。電話を終えたクライアントが話しかけてくる。僕はヘッドギアをシャットダウンし、チップを抜き取る。映像が途切れた。  僕は思ってもいない言葉を並べる。 「ご利用ありがとうございました。どうか亡くなられた方の、そしてご遺族の方々の慰めになりますように」  僕の仕事は、映像を確認すること。  人の死はほぼ確実に、その直前まで視覚情報で記録されていて。そして遺された者たちがいる限り、彼らはみな一様に、その記録を慰めにしたがる。  死者の記憶を読み取り、その死に隠された真相を視覚的に究明する。  その使われる脳の領域の意味も含めて、僕はこの仕事を「ダイバー」と呼んでいた。  *  今から僕が話すのは、これから死んでいく一人の男の話。  それは自分の命を天秤にかけて魂の重さを測るような、馬鹿げた一夏の話だ。
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