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貧しかった親戚たちは、こぞって父の遺産を奪い合った。
まるで「人殺しの金は汚くない」とでも言うように、実益のない人間だけは捨てて、自分達が欲しい金だけはむしり取る。
『汚い金ですね』
僕は汚れた紙切れをくしゃくしゃに丸めて、親戚の足元に投げ捨てた。
僕が家を離れる時、振り返って見た。名前も知らない親戚は、しわくちゃになった足元の一万円札を丁寧に伸ばしていた。まるで宝石でも扱うかのように。
(汚れてるのはお前らの方だ)
それからその親戚には会っていない。
誰から聞いたか、僕がダイバーになったと聞いた彼らが、面会に来たことはある。
それも全て、アマミヤとジキルさんが追い返してくれた。
『養育費を寄越せとさ』
吐き捨てるように言ったアマミヤの歪んだ顔は、後にも先にも見たことがない。
あまりにも僕以外の二人が怒るものだから、僕は感情を吐き出す暇もなく笑った。
『「養育」って、ハハ。あの人、一度だって家に入れてくれなかったよ』
だから僕は死のうとしたんだ。
死を思っている時間だけは、確かに柔らかいものに包まれているような気がしたから。
その話を聞いた日から、ジキルさんは僕を退職させようとしている。
「ミタテか?」
明滅する街頭の帰り道。
二本目のタバコに火を着けたところで、前から歩いてくる人影が声を上げた。
「やっぱり。こんなところで何をしてるんだ?」
「散歩だよ、アマミヤ」
「ああ、俺も一緒だ」
とっさに嘘を吐く。水族館のことは言うべきではない。
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