僕が自殺に至るまでの話

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 死者の記憶映像を読み取り、その死を追体験するダイバー。  それは人間の脳を直接扱う行為であることから、人権団体とやらの抗議にさらされ続けてきた。  加えてダイブを行う職員の自我に、これまで追体験した死者の自我との「混線」が頻発したことで、ダイビングの技術は正式に廃止が決定。  何ヵ月か前のテレビで、人権活動家が自分の手柄のように成果を主張していたことを、今でも覚えている。 「なくなるからこそ、廃止されてから技術が悪用される危険を防ぐ必要があるんですよ」 「アメリカとかでは禁止されないから、どうせまた裏で使われちゃうよ」  理性的な瞳が天井を眺めた。  妙に詳しいとは思ったけれど、僕の仕事には関係がないことだ。  適当に聞き流して、それらしい言葉を繋げる。 「でしょうね。でも対策を取るか取らないかじゃ、責任の在り方とかが全然ちがうんでしょう」 「ふーん、バカみたい。責任は取るものじゃなく、果たすものなのに」  ユキシロが浅く座ったソファに、背中を預ける。 「それで、やってくれるの?」  僕を値踏みするような、橙色の瞳。  瞳孔に映った僕は、退屈そうな目をしていた。 「まあ、できますよ、高いですけど」  ここに必要事項を記入して下さい。  クリップボードにまとめた書類を差し出すと、ユキシロは思い切り顔をしかめた。 「これ、全部書くの?」 「全部です」 「四年前から、ずっと似たやつ書いてきたのに?」 「全部です。あとは係の者が担当しますんで、ダイブの日程は後日僕の方から連絡して調整します」  それじゃあ、と言って退室する。  扉を閉じる瞬間、少女の冷めた目が僕を見ていたような気がした。  この時の僕は、少女をただの依頼主としてしか見ていなかった。  だから彼女の淡白な言動も、どこか達観した態度も、その目の暗さも。僕にとってはどうでもよかった。  もうじきシステムの使用停止に伴って、僕は失業する。あくまでこの少女は、一時の生活費に過ぎない。  この仕事が終われば、またシステムの停止まで次の仕事を取るだけだ。  けれど、次はなかった。  雨雲混じりの、七月の暮れ。  それが僕の──最期の仕事の始まりだった。
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