僕が自殺に至るまでの話

1/4
前へ
/124ページ
次へ

僕が自殺に至るまでの話

 僕の仕事は自殺することだった。  天涯孤独な少女をもう一度独りぼっちにするには、それしかなかったから。  豊富な休日を利用して、少しずつ自殺のための道具を買い集めた。  塩素系洗剤に、ロープや固形石鹸。遺書を封入する便せんに、簡単な葬式代の三十万円。  コツコツ物をためていくのは好きだったから、下準備にかける時間は楽しかった。 (あとは強い酒でもあればな)  バラバラにしたパズルのピースを探すような気分で、僕は空を見上げた。  ことさらに蒸し暑い、八月の暮れ。  夏の足早な夜明けは、見飽きるほどの青で。水に垂らした絵具のような雲が、空に浮かんでいる。 「ああ、そういえば」  家に入る直前。フィルターまでが灰になったタバコを携帯灰皿に入れて、ふと思い出した。  ことの発端からは、まだひと月も経っていないんだっけ。  人の思念に関する研究が一定の成果を得てから、もう十年がたった。  とは言っても、技術に制度は追い付かないもので。  教育や法律にさしたる変化が見られることも、超能力者じみた技術で対人関係の在り方が激変することもない。  相変わらず僕たちは、これまでと変わらない程度の日常を空費している。 《理想論ばかりの善人より、動く偽善者になろう!》 《死者の記憶を盗み見る人権の不法侵入者「ダイバー」》  書店のショーウィンドウに貼り出された新刊ポスターを一瞥して、また歩き出す。  不満はない。けれど希望もない。  恐ろしく凪いだ、小雨の降る日の午後のように。自分たちへの批判も、室内で聞くささやかな雨音程度にしか心を動かさなかった。 「すみません、お待たせ致しました」  事務所に戻ると、焦ったような顔をしたクライアントが僕を待っていた。  一言二言定型文のようなやり取りを交わして、仕事に移る。 「それでは、確認したい記憶は「急死されたお父様が管理していた金庫の番号」でお間違いないですね」  クライアントが頷く。それからあらかじめ準備されていた機材にチップを挿入し、ヘッドギアを被る。 「それでは、「ダイブ」中はくれぐれもお静かにお願い致します」  目を瞑る。  めまいのような感覚。白昼夢みたいに、現実の輪郭がぼやけてゆく。  
/124ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加