村にやってきた奇術師

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村にやってきた奇術師

麦の収穫も終わり、ダレルの村にも厳しい冬の前の最大行事、収穫祭が催されることになった。 普段は閑散とした農村だが、町に働きにいっていた若者や祭りを狙った行商人達がやってきて、冬の支度で財布の紐が弛んでいるのを見越して大道芸もやってくるのだ。 「ダレル~一緒にお祭り行こう♪」 「おう!!サリーは行商人に卸す刺繍終わったのかよ?」 薪割りを終えて一息吐いていると、幼馴染みで恋人のサリーがヒョコンと裏口に顔を出した。 紅花染めと藍染めの二種類の布に各々草木染めの糸で細かい刺繍を施す特産品を女性達はせっせとこの日のために仕上げていた。 紅花は未婚女性、藍染めは既婚女性と男性用で、清流と寒暖差で色鮮やかな染め物と刺繍は村の収入にもなっていた。 町の方には金糸を使った煌びやかな刺繍もあるらしいが、値段が張るので貴族専用だ。 ただし、貴族も豪華な素材で作るものとは別に、細かな刺繍ものや色鮮やかな生地というものにも目がなく、特に伝統的な縁起物の刺繍であり、精緻な図柄は技術的に重宝されているのだった。 「そんなのとっくに終わったわよ!!今日は商人さんに卸してすぐにおめかししてたの!!」 「へぇ…よいしょっと。」パカンッ!! やっぱり、もうちょっと割っておこうと再び斧を持って、作業を始めて適当に返事をしていたダレルにサリーはプクゥっと頬を膨らませて抗議した。 ハイハイと聞き流しているダレルは、まさか自分のためにこの幼馴染みがお洒落しているとは欠片程も思っていなかった。 「あ、そう言えば村の広場に、新しい大道芸人来てたわよ?」 今年はいつもの演劇団と新しく訪れた大道芸人が広場で催し物を披露するそうだ。 都で数年前に流行った劇の簡易版も楽しみだったが、その大道芸も興味が有るとダレルを早めに呼びに来たらしい。 急かされるように身支度させられたダレルは、この日が人生で忘れられない日になるとはこの時は思ってもいなかった。 「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。都で人気の演劇だよ~。今回の演目は《勇者とドラゴン》悪名高きドラゴンの山に挑む冒険活劇だよ!!」 わあわあと歓声を上げた子供が、この一年掛けて貯めた小銭を持って芝居小屋に走っていった。 娯楽など皆無に等しい寒村の一大イベントなのだから、先に席を取った子供は小さな練り飴を咥えてキラキラした目で役者の演じる活劇を食い入るように見ていた。 後ろには大人達が並んで見物しているし、毎年の事ながら大盛況だった。 「んもうっ!!ダレルが遅いから活劇の天幕が満員じゃない!!」 「ごめんって。いつも以上に人気だな~、開演直後なのに。」 今年は何処も少々不景気だった為、スカッとする冒険活劇は大人気で、日頃の憂鬱を吹き飛ばしてくれると早くから人が殺到したらしい。 「お兄さん、お姉さん。活劇も良いけど、ちょっとこっちも見ていかないか?」 演劇を見てからと思っていたダレルとサリーは計画が狂って、時間を潰すためと他の予定の前倒しでプラプラと広場を彷徨いていた。 そこへ二人を呼び止める若い男の声がした。 声の方を見ると、小さなテントの前に色々な道具を並べている派手な魔術師のような男が手招きをしていた。 止まり木には頭にちょこんと帽子を着けたミミズクが、片目を瞑って此方を見ていた。 男の足元をフードの付いたチョッキを着た真ん丸な狸とふわふわのピンク掛かった毛色の兎と何故か丸眼鏡をかけた薄紫色の猫がチョロチョロしている。 口に道具を咥えているところを見ると、本人達はお手伝いしているつもりらしい。
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