鬼の国

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 誠は小百合を手に入れると、小百合の首についている鎖を手に持ち引っ張った。 「行くぞ。」  発した言葉はそれだけ。  小百合もそれに対して何も言わない。  ただ力に引っ張られるがままに立ち上がり、その男の後ろに付いて行く。  今までと変わったのは、自分の鎖を引く強さが言葉とは裏腹に優しいものであることだけ。  そして誠は宿で一晩明かすと、さっそく大きな町を目指して歩き始めた。  旅の途中、誠と小百合の間に言葉はない。  誠はもう誰にも心を開くことはないし、小百合もまた心と共に言葉を失っていた。  誠も小百合は相変わらず無表情である。  しかしなぜか小百合は、時折誠の事をじっと見つめるのだった。  誠にはそれが気に入らなかった。  自分がこれから売られるというのに、泣きもせず、笑いもせず、話もしない。  ただ、自分の事を責めるように見つめてくるだけ。  そんな姿に何故か苛立った誠はその度に小百合を叩いた。  それでも小百合は何も言わないし、泣かない。  すると、誠は更に腹を立てた。 「何で泣かない? なんで叫ばない? なんで俺をみる!」  誠は叫んだ。 「助けてくれの一言も言えないのか!!」  仮に小百合がそう叫んだとしても誠は何も感じないだろう。  小百合も助けてと叫んでも、助からないのはもう身に染みてわかっている。  だから助けてとも言わないし、誠が助けることもない。  誠は次第に小百合の事が自分の知らない気持ち悪いものに思えてきた。  小百合に黙って見つめられると、胸の中がもやもやして、頭がおかしくなりそうだった。  そう思いながらも誠と小百合の奇妙な旅は続いて行く。  もしも、目的の場所が思ったよりも遠かったら、誠は小百合を捨てていたかもしれない。  この気持ちの悪い娘を連れて歩く苦痛の方が辛かった。  しかし、気が付けば既にそこは町の近く。  誠は我慢することに決めた。  後少しでこの気持ち悪い女を売る事ができる。  そして町の近くにあった古い母屋を見つけた。  そこには誰も住んでいなかった。  人が住んでいた気配すらない。 「丁度いい、ここから町までは歩いてすぐだ。今日はここで休む。」  誠は何故か言わなくていい事を小百合に伝えた。  それは永遠に続くかのように思われた沈黙を嫌ったからかもしれない。  だがしかし、小百合から返事は返ってこなかった。 「っち、返事はなしか。まぁいい。どうせ明日には……。」  誠がそう発すると、突然体から力が抜けていく。 「なんだ……くそ……あと少しでこいつを売れるのに……。」  そしてそのまま床に倒れるのであった。 
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